道具のはなし ポールボキューズの鍋
「私の料理の秘訣がひとつしかなかったとしたら、
それはこの美しい道具だろう」
フランスのリヨンで腕をふるう
84歳の現役天才シェフ、ポールボキューズ。
彼は料理へのこだわりから、鍋までつくってしまった。
工業の街、アルザスで、
祖父の代から台所用品店を経営していた、
フランシス・ストウブ氏と開発した、分厚い鉄の鍋だ。
45年間、ミシュランの3つ星を
維持しつづける彼のそばに、
今日もこの武骨な鍋はどっしり座っている。
道具のはなし 智恵子の千代紙
こころの病に苦しんだ、高村光太郎の妻、智恵子。
光太郎は彼女に、気分転換の道具に千代紙を渡した。
智恵子はたちまち紙絵に夢中になる。
食膳がでると、皿にのる食材を紙絵でつくらないうちは
箸をとらないほどだった。
できあがると、恥ずかしそうな、うれしそうな顔で、
光太郎に差し出した。
智恵子の残した千点以上の紙絵に、光太郎は言った。
これらは、智恵子の詩であり、
生活記録であり、此世への愛の表明である。
妻の千代紙は、夫と心を交わす道具となった。
道具のはなし 恋する道具
ひとは不器用だから、
恋をするにも、道具がいります。
いまは、メール。昔は手紙。
プレイボーイの元祖、光源氏は、
先立たれた妻からの恋文に、
歌を書きつけて、泣きながら燃やしました。
大切にとってあった手紙と妻への思いが
一筋の煙になって天へ届くように。
そんな思いをこめた読まれた歌のしめくくりは、
おなじ雲居の煙とをなれ
(おなじくもゐの けぶりとをなれ)
メールは燃やすこともできないし、
下駄箱にいれることもできません。
恋する道具としては、手紙が一枚上手のようです。