三島由紀夫の酒
当代の流行作家が
新宿や浅草の居酒屋で
文学談義に花を咲かせていた頃。
そんな連中には見向きもせず
銀座の高級ホテルやクラブのバーで
グラスを傾けていた作家がいる。
三島由紀夫。
彼のお酒は
その生き様のように
一分の隙もない。
飲みにいく時はもちろん正装。
決して酔いつぶれることはなく
12時には執筆のために家へ帰る。
三島の美学は
酒をも支配する。
草野心平の酒
蛙の詩人、草野心平。
ゲコゲコと鳴くカエルとは対称的に
本人は下戸どころかお酒が大好き。
ついには自ら居酒屋を開いた。
ただ、そこは詩人。
お品書きも一味違う。
ほうれん草のおひたしは「黒と緑」。
豚のにこごりは「冬」。
特級酒はてっぺんの「天」。
二級酒は「火の車」。
心平さんにかかれば
言葉だって酒の肴。
「じゃぁ今日は
黒と緑と火の車。」
ほら、
もう詩ができちゃいました。
星新一の酒
SF作家、星新一。
彼はひとたびお酒を飲むと
その上品な佇まいからは想像もできないほど
ブラックな冗談を矢継ぎ早にくり出す。
小松左京はあまりに笑い過ぎて
いつもお腹が筋肉痛だった。
しかし次の日。
あれほど腹を抱えて笑った毒舌を
一緒にいた人間は誰も覚えていない。
きれいさっぱり忘れている。
なるほど。
アルコールは
「消毒」ですから。
中上健次の酒
新宿ゴールデン街。
作家仲間が一杯やっていると
ガラリとドアが開いて
どすのきいた声が響き渡る。
「おまえのこの間の原稿、
なんだあれ。」
大きな体から放たれた気は
小さな店を一瞬にして埋めつくす。
文学界の異端児、
中上健次。
誰かれかまわず議論をふっかける。
他人の新聞小説には勝手に赤字を入れる。
それでもみんな
中上のことが大好きで
なじられるのを承知で
足を運んでしまう。
ガラリ。
今でも夜のゴールデン街には
中上の威勢のいい声が
聞こえてきそうな気がする。
赤塚不二夫の酒
赤塚不二夫といえば、お酒。
お酒といえば、赤塚不二夫。
生来の酒飲みかと思いきや
お酒を飲み始めたのは
漫画家になって8年も経った頃。
トキワ荘時代は
酒を飲むより映画を見る
人一倍まじめな青年だった。
まじめにギャグ漫画を描き
まじめに酒を飲んだ。
そうしたら
ギャグ漫画は超一流の芸術になり
下戸は超一流のよっぱらいになった。
赤塚先生。
今ごろ天国では
少し早い花見酒でしょうか。
小津安二郎の酒
映画監督、小津安二郎。
彼は脚本家とともに
別荘にこもっては
映画の構想を練った。
かたわらには
蓼科の銘酒、
「ダイヤ菊」。
一升瓶100本で
映画を一本。
どうりで。
小津映画には
おいしそうに徳利を傾ける
シーンの多いこと。