三島邦彦 10年06月13日放送
登場人物たち/パン屋さん
(レイモンド・カーヴァー『ささやかだけれど、役に立つこと』)
名前を持たない登場人物が、
世界を少し救ってくれることもある。
アメリカの作家、レイモンド・カーヴァーの小説
『ささやかだけれど、役に立つこと』。
そこに登場するパン屋さんが
子どもをなくしたばかりの夫婦にこう言った。
こんなときには、ものを食べることです。
それはささやかなことですが、助けになります。
パン屋さんは、作ったパンで、世界を助けている。
登場人物たち/ハムレット
(シェークスピア『ハムレット』)
生きるべきか。死ぬべきか。
悩み多き青年ハムレット。
シェークスピアが描いたこの有名な主人公は、
自分の身の振り方を悩んでいるだけではない。
劇中、ハムレットは旅芸人に演劇論を語る。
そのセリフの中には、
この『ハムレット』を演じる世界中の役者たちへの演出ともとれる言葉が
含まれている。
動作をセリフに合わせ、セリフを動作に合わせるのだ。
その際特に注意すべきは、自然の節度を越えないこと。
何であれやりすぎれば、芝居の目的に反する。
自分がどう演じられるのかまで心配をする。
ハムレットの悩みは、深い。
登場人物たち/ヴラジミール
(サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』)
ドラマティックな仕事。
ドラマティックな友情。
ドラマティックな恋愛。
ドラマのような出来事なんて、そうめったには起こらない。
けれども、主人公が最初から最後まで退屈をし続けるドラマも、この世にはある。
ノーベル賞作家、サミュエル・ベケットは、最初から最後まで
暇をもてあます二人の劇を描いた。
それは、演劇の世界に、不条理劇という新しい概念をもたらす静かな革命だった。
演劇『ゴドーを待ちながら』。
主人公ヴラジミールとエストラゴンは、ただひらすら、ゴドーという人物を待ち続ける。
そして、ゴドーは結局最後まで現れない。
ヴラジミールは言う、
運悪く人類に生まれついたからには、
せめて一度ぐらいはりっぱにこの生き物を代表すべきだ。どうだね?
ヴラジミールとエストラゴン。
この二人の登場人物は、今日も世界のどこかで、
人類を代表して暇をつぶしている。
登場人物たち/ジュリエット
(シェークスピア『ロミオとジュリエット』)
数え切れない物語があって、
数え切れない登場人物たちがいる。
彼らは数え切れない恋をする。
けれど、恋する主人公の女性代表は、今も昔もジュリエット。
おおロミオ!どうしてあなたはロミオなの?
名前が一体なんだろう?
私たちがバラと呼んでいるあの花の、名前がなんと変わろうとも、
香りに違いはないはずよ。
恋におちると、人は哲学をはじめる。
どんなに若い二人でも。