観客も、ピッチに立っている。
78年のワールドカップ。
地元アルゼンチンは、オランダとの決勝戦に勝ち進み、
スタジアムの熱気は最高潮に達していた。
しかし、試合終了間際に同点ゴールをゆるし、
手中にしかけていた優勝は、一気に遠ざかる。
沈む選手たちを鼓舞したのは弱冠34歳の監督、メノッティの言葉だった。
「回りを見渡してみろ。
われわれは8万人、相手はたったの11人じゃないか!」
選手たちの顔に、輝きが戻り、
ベンチのあちこちから、自然に声があがった。
延長戦、アルゼンチンは2つのゴールを叩き出し、
オランダを圧倒。
国中の人々と、勝利の美酒に酔いしれた。
イタリアが生んだサッカーの至宝、
ロベルト・バッジョ。
彼がスーパープレイヤーだからこそ、
94年のワールドカップ決勝戦でのPKの失敗は、衝撃的だった。
98年、ワールドカップ準々決勝。
ふたたびPK戦にもつれこんだイタリア。
最初のキッカーとなったバッジオは、
4年前の悪夢を振り払うかのように、ゴールを決める。
だが、歴史は繰り返す。
最終キッカー、ディビアッジョが、PK失敗。イタリアは敗北した。
そのとき、誰よりも先にディビアッジョに駆け寄ったのが、バッジョだった。
「PKを外すことができるのは、
PKを蹴る勇気を持った者だけだ」
成功も、失敗も知っているバッジョの言葉は
いまも重く響く。
ワールドカップ。
数々のドラマが生まれる夢の舞台で、
人々に感動を与えるのは、勝者だけではない。
スコットランド・グラスゴーにあるパブ
『アイアンホース』の壁に掲げられたサッカーユニフォームには、
次のような言葉が書かれているという。
スコットランド、
我々のもっとも大きな誇り、
それは決して倒れないことではない
倒れるたびに起ち上がる、
それが誇りだ
数々の激闘を繰り広げ、負けてもなお、挑み続ける。
その選手たちの姿こそが、
祖国の人々の魂をふるわせ、明日への力を与えている。
ワールドカップ。
ごく一握りの、選ばれた者だけにゆるされた最高の舞台。
そのピッチに立つ選手たちの矜持を、
かつてイングランド代表のストライカーだった、
アラン・シアラーの言葉があらわしている。
「イングランド代表の白いシャツは、お金では買えない」
祖国への誇りを胸に戦いに挑む、
すべての選手に、幸あれ。
「泣かないで、お父さん」
1950年、地元ブラジルが
まさかの逆転劇で優勝を逃した、ワールドカップ最終戦。
いわゆる、「マラカナンの悲劇」。
打ちひしがれ、涙を流す父親に、9歳の息子は、こう言ったという。
「泣かないで、お父さん。
僕が大きくなったら、ワールドカップをとってあげる」
8年後。
17歳になった少年は、本当にワールドカップの舞台に立ち、
5本のシュートを決めて活躍。
ブラジルをワールドカップ初優勝へと導き、
父親との、あの日の約束を現実にした。
少年の名は、ペレ。
その後、ブラジルを3度の優勝へ導いた、
サッカーの歴史に名を刻む英雄。
ワールドカップは、たくさんの夢物語を生む。
未来の英雄は、今年も
世界中の街のどこかで誕生しているかもしれない。