イングリッド・バーグマンを偲んで①
「アルフレッド・ヒッチコック」
アルフレッド・ヒッチコックは
『山羊座のもとに』という映画で
カメラの長回しを多用する撮影手法を試みた。
すると、主演のイングリッド・バーグマンが彼に詰め寄った。
「どうしてそんな面倒な撮影をしなければならないの?」
口論の嫌いなヒッチコックは最初黙って聞いていた。
しかし「なぜ?」「どうして?」という
彼女の度重なる追及に辟易し、しまいにはこう言い放った。
イングリッド、たかが映画じゃないか。
サスペンスの神様ヒッチコックに
「たかが映画」と言わせたイングリッド・バーグマン。
その女優魂には畏れ入るしかない。
イングリッド・バーグマンを偲んで②
「エレットラとイザベラ」
2007年、コスメティクスブランドのランコムは、
ブランドの美の象徴であるミューズに、
イタリア人モデルのエレットラ・ロッセリーニを選んだ。
エレットラ・ロッセリーニの母親は、
イザベラ・ロッセリーニ。
映画『ブルーベルベット』の主演女優として知られる彼女は、
やはりランコムのミューズを長い間務めた。
そして、イザベラ・ロッセリーニの母親が、
イングリッド・バーグマン。
イングリッドの残した美の遺産は、
こうして脈々と受け継がれている。
イングリッド・バーグマンを偲んで③
「ティ・アーモ」
1948年、イングリッド・バーグマンは
ブロードウェイの小さな映画館で、
イタリアの巨匠ロベルト・ロッセリーニ監督の
『戦火のかなた』という映画を観た。
衝撃的だった。
ロマンス映画にばかり出演してきたイングリッドにとって、
戦争の悲劇を克明に描いた『戦火のかなた』こそ
本物の芸術だと思えた。
この監督の作品に出たい。
その一心でイングリッドはロッセリーニに向けて手紙を書く。
もしスウェーデン人の女優が必要でしたら、
わたしは「ティ・アーモ」しかイタリア語は知りませんが、
喜んでイタリアへ行って、
あなたといっしょに映画を作るつもりです。
イングリッドがロッセリーニに対して抱いた気持ちは
最初、純粋に尊敬の念だった。
しかし、それがいつしか愛へと変わる。
そしてついには仕事も家庭も捨て、
ロッセリーニのもとへ走ることになる。
「ティ・アーモ」。
彼女が唯一知っていたイタリア語は、
奇しくも「あなたを愛しています」という言葉だった。
イングリッド・バーグマンを偲んで④
「君の瞳に乾杯」
「君の瞳に乾杯」。
映画『カサブランカ』でハンフリー・ボガードが
イングリッド・バーグマンに囁く有名なセリフ。
もとの英語は“Here’s looking at you, kid.”、
直訳すると「君を見つめることに乾杯」という意味になる。
このセリフを「君の瞳に乾杯」と訳したのは、
昭和の名翻訳家、高瀬鎮夫。
彼は原文にはない「瞳」という言葉を加えて、あえて意訳をした。
そうすることで、このセリフの持つ甘美で切ないニュアンスを
日本人にも伝わるようにしたのだ。
『ゴッドファーザー』や『サタデーナイト・フィーバー』など、
数々の字幕制作に携わり、洒落た翻訳で知られた高瀬鎮夫。
映画『ある愛の詩』の名セリフ、
「愛とは決して後悔しないこと」も彼によるものである。
イングリッド・バーグマンを偲んで⑤
「後悔」
1957年1月19日。
ニューヨークのアイドルワイルド空港に降り立った
イングリッド・バーグマンを待ち受けていたのは、
大勢の新聞記者とカメラのフラッシュだった。
映画監督ロベルト・ロッセリーニとの
不倫スキャンダルによって、
イングリッドは長らくハリウッドを追われていた。
その彼女が、ロッセリーニとの破局の末、
再びアメリカに戻ってきたのだ。
記者から辛辣な質問が飛ぶ。
「ミス・バーグマン、
あなたは自分の行動を後悔してないのですか?」
その質問に対して、
イングリッドは微笑みを浮かべてこう答えた。
いいえ。
わたしが後悔しているのは、
しなかったことに対してであって、
したことを後悔してはいません。
スキャンダルを乗り越え、
のちにオスカーも獲得したイングリッド・バーグマン。
彼女は美しいだけでなく、強い女性だった。
イングリッド・バーグマンを偲んで⑥
「As Time Goes By」
その日、ロンドンの
聖マルタン・イン・ザ・フィールズ教会には
亡くなったイングリッド・バーグマンにお別れを言うために、
200人の人々が集まった。
追悼の言葉と歌が捧げられると、
教会の片隅からバイオリンの音色が聴こえてきた。
それは彼女の代表作『カサブランカ』のテーマ曲
“As Time Goes By”だった。
知性的な美貌と、オスカー主演女優賞に2度も輝く演技力で、
世界中の映画ファンを魅了したイングリッド・バーグマン。
彼女は1982年の今日、67年の生涯に幕を閉じた。
この世から去った後も、
イングリッドは人々の思い出の中で輝き続ける。
“As Time Goes By”
どんなに時が流れても。
イングリッド・バーグマンを偲んで⑦
「薔薇の名前」
2000年に開催された第16回世界バラ会議で、
「イングリッド・バーグマン」という品種が
史上10番目の「バラの殿堂」に選ばれた。
その薔薇の名はもちろん
女優のイングリッド・バーグマンに由来する。
深紅の花びらが醸し出す高い気品と燃えるような情熱。
それは彼女の魅力そのもの。
かつて銀幕の花として、多くの人々を魅了した
イングリッド・バーグマン。
彼女はいま薔薇となって人々を魅了し続ける。
イングリッド・バーグマンを偲んで⑧
「カサブランカ」
映画史上最高の脚本は何か?
アメリカ脚本家協会によれば、
それは『カサブランカ』である。
2006年、アメリカ脚本家協会は
「史上最高の映画脚本ベスト101」の第1位に、
『カサブランカ』を選出する。
この脚本を執筆したのは、ジュリアス・エプスタイン、
フィリップ・エプスタイン、ハワード・コッチの3人の脚本家。
「ゆうべはどこにいたの?」
「そんなに昔のことは憶えてないね」
「今夜は会えるの?」
「そんなに先のことはわからない」
イングリッド・バーグマンと
ハンフリー・ボガードが交わす男と女の粋な会話。
1943年のアカデミー脚本賞も受賞した『カサブランカ』には
珠玉のセリフが溢れている。