スヌーピーとチャーリー・ブラウンの生みの親、
チャールズ・シュルツ。
自分の描いた絵が初めて褒められたのは、
幼稚園の初日のことだった。
白い紙と黒いクレヨンを渡されたので、
雪かきをしている男の絵を描いた。
ただ、思うままに。
みんなの絵を見て回っていた先生が、
彼の前で止まり、こう言った。
チャールズ、あなたはきっと絵描きさんになるわ
この優しい予言は、少年の心に永遠に残る。
チャールズ・シュルツの漫画「ピーナッツ」には、
ひとつのルールがある。
スヌーピー、チャーリー・ブラウン、ルーシー、ウッドストックなど
登場人物は多いが、作品の中に大人を出すことは一度も無かった。
その理由は、いたって単純だ。
場所がないから。
子供の視線で描かれた子供サイズの構図に、
大人が入りこむ隙はない。
読者は知らず知らずのうち、
子供のひとりとして漫画に参加している。
ここでは、子供になることがルールだ。
漫画「ピーナッツ」の作者、チャールズ・シュルツは、
幼いときに犬を買っていた。
名前は、スパイク。
漫画にもスパイクという犬が登場する。
スヌーピーの兄という設定で。
雑種で気性が荒かった本物のスパイク。
漫画の中ではビーグル犬になり、
孤独を愛し、砂漠で穏やかに暮らしている。
漫画家は、うらやましい。
自分の思い出に、命を吹き込むことができるんだから。
作者曰く、普通の人の代表。
これが、ピーナッツに登場する丸顔の少年、チャーリー・ブラウンだ。
好きな女の子の顔も見られないシャイな性格だけど、
ときどき、ものごとの核心を突く。
たとえば「安心」という意味について聞かれたとき。
安心感ってのは、車の後ろの席で眠ることだよ。
前の席にはパパとママがいて、心配事はぜんぶ引き受けてくれる。
そしてチャーリー・ブラウンは興奮して続ける。
でも、それはいつまでも続かない!
あるとき突然、きみはおとなになって、
もう二度と同じ気持ちは味わえないんだ!
私たち読者は、なるほど、と感心する。
でも、そういった言葉の多くは、ガールフレンドに軽々と切り返されてしまう。
女の子って、男の子に哲学的な話をされるのは好きじゃないのよ。
私たち読者は再び思う。なるほど。
1960年代初頭に始まった、アメリカのアポロ宇宙計画。
数年後、そのキャラクターに任命されたのが、スヌーピーだった。
アポロ10号の月面着陸船の名前は、「スヌーピー」。
司令船は、「チャーリー・ブラウン」と名付けられた。
もちろん当時の漫画にも、宇宙服を着たスヌーピーが登場する。
ここは月。
やった!月に立った最初のビーグル犬だ!
ロシアに勝ったぞ・・・
みんなに勝ったぞ・・・
隣に住んでる馬鹿な猫にも勝った!
スヌーピーは、アメリカの象徴。
この小さな犬には、世の中の全てを巻き込むほどの力があった。
スヌーピーは、よく寝ている。
犬小屋の上で。
テントの上で。
ときには岩を枕にして。
そうかと思えば、タイプライターで何かを打ち込んでいる。
あるとき、犬小屋から落ちたあと
スヌーピーは呟いた。
世の中、厳しい現実に満ちている。
スヌーピーは、哲学者なのだ。
チャーリー・ブラウンは独り言を言う。
精神科医によれば、ピーナッツバターサンドイッチを食べる人は孤独なんだって。
その通りだと思うよ。
スヌーピーは呟く。
先生にあてられて「ミシシッピー」のスペルを聞かれたら、困ったことになるな。
リランは、ぼやく。
初日から「戦争と平和」を読まされるんじゃないだろうね。
ペパーミント・パティは愚痴をこぼす。
わたしは、人生の歩道の敷石の間から
必死で伸び上がろうとしている、みじめな、みにくい雑草なの!
シュローダーは、ピアノを弾きながら叫ぶ。
お金なんて関係ない!これは芸術なんだ。
ルーシーは、小言を言う。
世界が抱える様々な問題を知ったら、そんな嬉しそうな顔はしていられないわよ!
大人でもドキッとするような言葉は、
漫画「ピーナッツ」の中で、財宝のようにきらきら輝いている。
このめまぐるしく美しい台詞を訳しているのは、谷川俊太郎さんだ。