北原白秋 1
二歳の男の子が
腸チフスにかかり、高熱にうなされた。
忙しい母の代わりに、
乳母がつきっきりで必死に看病した。
男の子の命は助かったけれど、
乳母が腸チフスに感染し、
亡くなった。
自分から出た、凄まじい熱で、
代理の母親を焼き殺してしまった。
いつか、
本当の母親にもそうしてしまうのか…。
母殺しの恐怖とコンプレックスを抱えた男の子、
北原隆吉は、やがて、
北原白秋となる。
北原白秋 2
文学に熱中する息子を
父親はけっして許さなかった。
酒造りの商売を継がせるために、
商業高校に進学させなくてはならない。
文学書を読むことを一切禁じてしまった。
それでも息子は、
石垣のすきまや砂の中に
本をかくして読んだ。
けれども、限界はくる。
父親に無断で卒業間近の中学を退学し、
福岡の柳川の家を出たのだった。
行き先は、東京。
北原白秋、十九歳の旅立ちだった。
北原白秋 3
二十二歳の北原白秋が、
師事する与謝野鉄幹、晶子夫婦を訪ねた。
便所を借りたとき、
信じられないものを見た。
自分たち若手の没原稿が、
落とし紙として箱に積まれていたのだ。
人が心血をそそいた原稿で、
あの夫婦は尻をぬぐっていたのか!
白秋は激しく怒った。
鉄幹に対しては、
ほかの疑惑もふくらんでいた。
若手が身を削って表現した中心部分が、
いつのまにか鉄幹に流用されているのではないか。
もう、冒涜されるのはたくさんだ。
白秋ら7人の若手は
鉄幹が主宰する文学雑誌から
一気に脱退したのだった。
世の中の、
師匠と呼ばれるみなさまへ。
こんな
紙のリサイクルと、表現のリサイクルは
最低です。
つつしみましょう。
北原白秋 4
母の乳は枇杷より温く
柚子より甘し
という出だしから、
母はわが凡て
と結ぶ最終行まで。
北原白秋の詩『母』には、
母の愛を求める情熱が示される。
けれども、白秋には
トラウマがあった。
幼い日、自分の病気が伝染し、
愛する乳母を死なせてしまったトラウマ。
自分の情熱によって、
相手を破滅させてしまうのではないか。
白秋にとって、恋愛の相手もそうだった。
北原白秋 5
明治時代、東京・原宿に
松下俊子という人妻がいた。
その隣りに暮らしていた、
独身、北原白秋。
憧れの美しい人妻と、
新進気鋭のハンサムな詩人。
恋に堕ちないわけがない。
けれど俊子の夫から、姦通罪で告訴され、
逮捕されてしまう。
輝く文壇から、
暗い牢屋の中へ、まっさかさま。
あとで示談が成立し、
二人は正式に結婚することになるが、
事件後の白秋は半狂乱になり、死まで考えたという。
雨は降る降る 城ヶ島の礒に
白秋作詞の『城ヶ島の雨』は、
俊子との新生活を
三浦半島の三崎でおくっていたころのもの。
雨のなかで、
失意と希望が混じり合う。
白秋の心情が浮かぶ。
北原白秋 6
君と見て
一期の別れする時も
ダリアは紅し
ダリアは紅し
不倫スキャンダルの直後、
北原白秋は歌集『桐の花』で
再び評価をえる。
けれど、正式に結ばれた
松下俊子との結婚は長く続かなかった。
自分の情熱は
相手を破滅させてしまうものなのか。
いや自分のほうも
相手に疲れ果てていたのだった。
それは、相手にさめる
という破滅の1種。
もう、ダリアは紅くない。
北原白秋 7
二度失敗した北原白秋の
三度目の正直。
その相手が、
佐藤菊子だった。
童謡『ゆりかごのうた』は、
二人の間に生まれてくる
わが子を思って
作ったとされる。
数々の童謡の傑作をのこした白秋。
菊子夫人の温かい人柄や
2人のこどもに恵まれたことが
動機ともいわれている。
北原白秋 8
青より白。
春より秋。
北原青春より、北原白秋。
白秋とは、
青春の逆の方位、逆の境地を
意味するといわれる。
ものすごく早熟な中学生は、
青春まっただ中で、
自分のペンネームとして
白秋とつけたのだった。
そして晩年に、
青春前の
童謡をたくさん書いた白秋。
五十七歳という若さで亡くなったが、
最期の言葉は、
「ああ素晴らしい」