2011 年 7 月 17 日 のアーカイブ

三島邦彦 11年7月17日放送



ヨーロッパの芸術家/ ジョアン・ミロ

20世紀絵画の巨匠、ジョアン・ミロ。
バルセロナに生まれ、パリで花開いた彼は、
狭い世界に閉じこもるのを嫌い、
作家のヘミングウェイなどと交友を深めた。
シュルレアリスト達を魅了したその奔放な作風は、
こんな言葉からもうかがえる。

リアリティは出発点であって、到達点ではない。

topへ

三國菜恵 11年7月17日放送



ヨーロッパの芸術家/フジ子・ヘミング

日本とヨーロッパを股にかけるピアニスト、フジ子・ヘミング。
彼女は、実は絵を描くのも得意。
しかも、その楽しみ方がとてもユニークなのだ。

フジ子は、いちど描いた絵をふたたび取り出し、手を加える。
チョウチョや花を描き足したり、
女の人のスカートを、ちがう色に塗りかえたり。

だから彼女をおとずれた人は、時折ふしぎな顔をする。
いちど見たことのある絵なのに、どこか前とちがうから。

彼女は、いたずらげにこう語ってみせる。

ピアノも絵も今に満足しないで、
もっと上をめざすのが、フジコ流よ。

topへ

中村直史 11年7月17日放送



ヨーロッパの芸術家/カルロ・マリア・ジュリーニ

1984年、イタリア人指揮者
カルロ・マリア・ジュリーニは
ロサンゼルス交響楽団の音楽監督を辞任した。

理由は、妻の病気。
つねに近くにいてあげられるよう、
フリーの指揮者となり
引きうける演奏先をヨーロッパに限った。

そういう音楽家だった。

精神性や愛情が、音楽にとっていかに大切か。
日頃の態度からにじみでるような。

ていねいで、つつしみ深く、
オーケストラと指揮者の関係にも敏感だった。

 オーケストラの「指揮」だなんて恐ろしい言葉です。
 大切なのは、「いっしょに音楽をする」ということなのです。

メディア受けする華やかさやカリスマ性だけが
芸術をつくるわけではない。
ジュリーニの精神性に感銘を受けた多くの指揮者たちが
今日も世界中のホールで音楽を響かせている。


topへ

三國菜恵 11年7月17日放送



ヨーロッパの芸術家/ランドフスカ

音楽のなかで
つい、もう一回、もう一回と聴きたくなる曲に出会ったこと、ありませんか。

ポーランドうまれのチェンバロ奏者、ランドフスカにも
そんな曲があった。彼女の場合は、バッハ。
その魔力について、こう語っている。

このもう一度と願わせる何かは、
われわれに永遠なるものを
ほのかに感知させているのである。

topへ

三島邦彦 11年7月17日放送



ヨーロッパの芸術家/ カズオ・イシグロ

長崎で生まれたひとりの男の子が、
4歳の時、両親に連れられイギリスへと渡った。

男の子の名前は、カズオ・イシグロ。
約30年後、3作目の小説『日の名残り』が、
イギリス最高の文学賞、ブッカー賞を受賞し、
現代イギリス文学を代表する作家のひとりになった。

日本を舞台にした作品と、ヨーロッパを舞台にした作品。
その両方で、ヨーロッパや日本という地域性を超えて人間の奥深くを見つめる、
イシグロ独自の世界を展開する。

彼の作品を彼の作品たらしめるもの。
それを彼は、「声」だと言う。
「声」について、彼はこう語る。

本物の作家になるというのは、
本を出すかどうかなんてことではかならずしもなく、
一定の技巧を身につけるということでもない。
自分の声を見つけた時点で、人は本物の作家になるのです。



ヨーロッパの芸術家/モーツァルト

最も天才という言葉がふさわしい音楽家、モーツァルト。

自分の息子が天才だと気付いた父親は、
ウィーン、パリ、ロンドン、そしてイタリアへ、
息子を連れて何度も演奏旅行に出かけた。
6歳の時にはウィーンで7歳のマリー・アントワネットに出会い、
7歳の時にはフランクフルトでゲーテにその才能を認められる。

ヨーロッパの全てが、彼の才能を祝福し、彼を音楽家として成長させた。

音楽家にとっての旅の重要性について、彼はこう語る。

旅をしない音楽家は不幸です。
才能がある人も、一か所にとどまっているとダメになってしまいます。

topへ

中村直史 11年7月17日放送



ヨーロッパの芸術家/パブロ・カザルス

歴史上最も偉大なチェロ奏者と
称えられるパブロ・カザルス。
彼が大切にしたのは
技術の先にある演奏者の「心」だった。

指揮者としても活躍したカザルス。
そのリハーサルに立ち会った人は、
楽団員に熱っぽく語りかける彼の姿を克明に覚えている。

 もっとあなたの感情を表現しなさい。
 提示しなければならないのは知識ではなく、ここだよ。

そう言って、カザルスは自分の胸に手を当てた。

topへ

三國菜恵 11年7月17日放送



ヨーロッパにゆかりのある芸術家/ロートレック

この人は自分と同じだ。
そう思える人に出会えたとき、
人の運命は大きく動くのではないかと思う。

フランスの画家、ロートレックも
ある日、運命的な出会いを果たす。
モンマルトルのキャバレー、「ムーラン・ルージュ」で。

お金持ちの家に生まれた彼とは
無縁の世界を生きているように見える、娼婦や踊り子たち。
そんな彼女たちと、彼はなぜか仲良くなった。

彼女たちは、人の肩書や見た目を気にしない。
小人のような背丈のロートレックにとって、
それははじめてのことだった。

やっとぼくは、ぼくと同じ背丈の娘たちを見つけたよ。

彼女たちを描いた、たくさんのポスターは
やがてロートレックの代表作となる。

topへ


login