蛭田瑞穂 11年9月17日放送
世界最高のレストラン「エル・ブジ」①
バルセロナから車で約2時間、海辺の町ロザス。
その町のはずれにひっそりとたたずむ別荘風の建物。
それが、世界でいちばん予約が取れないレストラン「エル・ブジ」。
オープンは1964年。
開店最初はリゾート地にある、ごく普通のレストランだった。
1981年、元音楽プロデューサーのジュリ・ソレールが店を買い取り、
オーナーになると「エル・ブジ」の運命は大きく変わり始める。
2年後、その運命に引き寄せられるかのように、
ひとりの若者が「エル・ブジ」に入店する。
彼の名はフェラン・アドリア。
この若者が、やがて料理界に革命を起こすことになるのだが、
この時はまだ、見習いの皿洗いに過ぎなかった。
世界最高のレストラン「エル・ブジ」②
バルセロナ郊外にある、
世界でいちばん予約の取れないレストラン「エル・ブジ」。
料理長のフェラン・アドリアが
店に雇われたのは1983年、弱冠21歳の時。
ただの見習いの料理人だったが、
オーナーのジュリ・ソレールによって才能を見いだされると、
わずか3年で料理長へと抜擢された。
目利きのオーナーと天才シェフがつくる料理は、
まずバルセロナで評判になった。
そして、1990年にミシュランで初めて星を獲得すると、
92年に2つ星、97年には3つ星を獲得。
「エル・ブリ」の名声は世界中に轟いた。
世界最高のレストラン「エル・ブジ」③
バルセロナ郊外にある、
世界でいちばん予約の取れないレストラン「エル・ブジ」。
ここでは通常、コースの最初に供される、パンとバターがない。
他のレストランと同じことをしない、というのが
料理長フェラン・アドリアの哲学である。
彼は言う。
お客様はここへ感動を食べにやってくる。
だから僕はお客さまが一度も口にしたことがない料理をつくりたい。
エル・ブジで食事をするというのは、
ひとつのゲームに参加するようなものなのです。
その言葉の通り、食前酒から食後のお菓子に至るまで、
「エル・ブジ」の料理は予期せぬ展開の連続である。
世界最高のレストラン「エル・ブジ」④
バルセロナ郊外にある、
世界でいちばん予約の取れないレストラン「エル・ブジ」。
この店に「手長海老をローズマリーの香りとともに」という名前の
オリジナル料理がある。
皿には手長海老が2匹載っている。おいしそうな蒸し煮だ。
しかし、すぐにナイスとフォークを手にとってはいけない。
最初に皿に添えられたローズマリーの小枝を鼻に近づけて深呼吸する。
その後に海老を食すのが、この料理の正しい食べ方。
ローズマリーの香りと海老の旨味を想像力で結びつけて食べる、
というわけである。
鰻の蒲焼を焼く煙をおかずに、ごはんを食べるという落語の小噺があるが、
そんな冗談のようなことを実際にやってしまうのが、
エル・ブジの料理長、フェラン・アドリアの創造性である。
世界最高のレストラン「エル・ブジ」⑤
バルセロナ郊外にある、
世界でいちばん予約の取れないレストラン「エル・ブジ」。
料理長フェラン・アドリアは和食からも多くの影響を受けたという。
彼の創作料理に、「玉ねぎの天麩羅 醤油のヌーベ」というメニューがある。
ヌーベとはスペイン語で「雲」。
醤油に水とゼラチンを加えて、きめ細かい泡ができるまで攪拌し、
ふんわりと雲のようになった醤油を天麩羅につけて食べる。
玉ねぎの甘みとサクサクの衣、そして醤油味の泡が口の中で混然一体となり、
体験したことのない味わいが堪能できる。
長い間醤油を使ってきた日本人でも思いつかない斬新な醤油の使い方。
天才フェラン・アドリアの手にかかると、天麩羅もかくのごとく変貌する。
世界最高のレストラン「エル・ブジ」⑥
バルセロナ郊外にある、レストラン「エル・ブジ」。
その独創的な料理により「世界でいちばん予約の取れない店」という
名声をほしいままにしたが、今年の7月30日、惜しまれつつ閉店した。
料理長フェラン・アドリアの、これ以上の料理の創造が困難になった、
というのが閉店の理由として伝えられている。
これまでも「エル・ブジ」の営業期間は一年の半分だけで、
残りは研究期間に当てられていた。
フェラン・アドリアの独創的な料理を生み出すには
それだけの時間が必要だったのである。
世界最高のレストラン「エル・ブジ」⑦
今年の7月30日をもって閉店した、
世界でいちばん予約の取れないレストラン「エル・ブジ」。
閉店を前に、特別に開かれたディナーには、
有名女優やデザイナーなど、華やかなゲストが招かれ、
料理長フェラン・アドリアによる渾身の料理がふるまわれた。
「エル・ブジ」閉店後は料理研究の財団を設立し、
ハーバード大学で教鞭もとることになっているフェラン・アドリア。
彼は語る。
大学も出ず、皿洗いから料理人になった僕が、
名門大学で教えるなんて想像するだけでおもしろいでしょう?
人生は考えられないことの連続なんですよ。