名雪祐平 11年10月30日放送
監督 溝口健二1
好きな映画監督を3人挙げるとすれば
だれですか?
質問されたフランスの
ヌーベル・ヴァーグの旗手、
ゴダールはこたえた。
ミゾグチ、ミゾグチ、ミゾグチ。
日本映画界の巨匠、溝口健二は
クロサワ、オヅとともに、
海外の映画作家たちに多大な影響をあたえた
世界的監督であった。
ゴダールは、来日した折、
京都満願寺にある溝口の墓を訪れ、
お参りしたという。
監督 溝口健二2
1952年、『西鶴一代女』でベネチア国際映画祭監督賞。
翌年は『雨月物語』で、翌々年も『山椒大夫』で
ベネチア国際映画祭銀獅子賞。
映画監督・溝口健二は、
3年連続受賞という快挙を手にした。
白黒の映像美は、抜きんでて素晴らしく、
カラーより美しいモノクロ映像がこの世にあると
評価された。
そのモノクロは、真っ赤な血のにじむような執念から
生まれたものだった。
完璧な撮影を徹底的に追求する、
それが溝口の真骨頂であった。
監督 溝口健二3
映画監督・溝口健二は、スタッフに対し、
小道具、セット、衣装のすべてに完璧を求めた。
「文句を言う、ゴテるばかり」だと
“ゴテ健”とあだ名が付くほど、非常にうるさい監督だった。
女優・田中絹代は、
やせ衰えた感じを出したいからと、なるべく食べないように
監督から命じられた。
痩せた姿で出番を撮り終え、
あとは別室でセリフを吹き込むだけ。
田中はこれでひと安心と、
内緒でお昼にステーキを食べた。
そして田中のせりふを聞いたとたん、
監督は首を振った。
肉を食べましたね。声につやがある。ダメです。
容赦ない完璧主義は、溝口自身にも向けられた。
撮影の空気が中断されるのを嫌い、
休憩になっても撮影セットから出なかった。
溲瓶をもちこんで、用を足した。
「監督の溲瓶」は
映画人の語り草になっている。
監督 落合博満1
2007年、
プロ野球日本シリーズ第5戦、
9回表にそれは起こった。
8回まで一人のランナーも許さず、
完全試合という大記録達成を目前にしていた
中日・山井投手を
落合監督はあっさり
おさえのエースに交代させてしまった。
結果、中日は日本ハムに勝ち、
じつに球団創設以来53年目で初の
日本一の栄冠を手にした。
でもなぜ、落合はあれができたのだろう。
タブーともいえるピッチャー交代が。
監督 落合博満2
2007年プロ野球日本シリーズ。
中日・落合監督が決断した
完全試合目前のピッチャー交代劇。
試合後も賛否両論を巻き起こした。
もし交代したピッチャーが打たれ、
試合に負けてしまったら、
大批判が監督に集中していただろう。
それでも落合は
けろりと、勝負に出た。
なぜ?
ノンフィクション作家・山際淳司は、
かつて落合をこう評したことがある。
どこへ行ったって一人前以上の仕事をしてみせるという
自信のあわられでもあるけれど、それだけじゃない。
彼は、いつか、どこかで一度、
自分を放り投げてしまったことがあるのではないか。
どうだっていいのさ、と。
だから、世間も自分も、野球をも、冷たく見つめている
もう一つの目が彼の中に棲んでいる。
監督 落合博満3
中日ドラゴンズ・落合監督。
そう呼べるのも、あと何日もない。
9月、首位ヤクルトとの決戦を前に、
落合監督は本社に呼ばれた。
乗り込んだ新幹線の始発は満席。
2時間立ったまま、名古屋に向かったという。
そして、解任を告げられた。
この件でチームが一丸となり、
逆転優勝の原動力となったのかもしれない。
でも、ある選手はこう言った。
普通にやれているのがいい。
監督解任が決まっても、優勝争いをしていても、
こんな平常心で野球ができることが、
落合が育ててきた強さかもしれない。
監督 杉山登志1
1971年、高度経済成長のまっただなか、
こんな詩のCMが大ヒットした。
気楽に行こうよ おれたちは
あせってみたって 同じこと
のんびり行こうよ おれたちは
なんとかなるぜ 世の中は
CMディレクターは、
天才と呼ばれた杉山登志。
発想も、技巧も、ズバ抜け、
現場では全部門の最終権限を握り、
部下を育てることができる
絶対的リーダーだった。
すべてが杉山を中心にまわっている。
時代さえも。
しかしこのCMからわずか2年後、
あまりにも衝撃的に終わりは来るのだった。
監督 杉山登志2
1973年、一人のCMディレクターが自殺した。
37歳という若さだった。
テレビ草創期から500本以上のCMを制作し、
国内外の賞も数多く受賞した
伝説のCMディレクター・杉山登志。
机の上に、原稿用紙の遺書があった。
リッチでないのに
リッチな世界などわかりません
ハッピーでないのに
ハッピーな世界などえがけません
「夢」がないのに
「夢」をうることなどは・・・・・・とても
嘘をついてもばれるものです。
これは38年前の過去の話だけれど、
いま、CMは何をうっているのだろう。