しょうちゃん
⑥動物と人 ぷースケと由美子さん
人間なら125歳超。
ギネス認定の長寿犬、ぷースケ。
名前の由来は、
見た目がぷーという感じだったから
ある日、飼い主の由美子さんが買い物から帰ると
5分後に、眠るように息をひきとった。
世界一の長寿の理由は、
愛すべきのんきな名前をくれた由美子さんと
1日でも長く一緒にいたかったから、じゃないかな。
しょうちゃん
⑥動物と人 ぷースケと由美子さん
人間なら125歳超。
ギネス認定の長寿犬、ぷースケ。
名前の由来は、
見た目がぷーという感じだったから
ある日、飼い主の由美子さんが買い物から帰ると
5分後に、眠るように息をひきとった。
世界一の長寿の理由は、
愛すべきのんきな名前をくれた由美子さんと
1日でも長く一緒にいたかったから、じゃないかな。
soupboy
動物と人 ロッキーとトットちゃん
黒柳徹子のエッセイ『窓際のトットちゃん』
には、小さい頃の愛犬、
シェパードのロッキーが親友として登場する。
ある日のこと、ふざけたロッキーが
トットちゃんの右耳を噛み千切った。
耳はぶらぶら、血が噴出した。
けれどロッキーをかばい泣かなかった。
病院から帰ると、ロッキーがいない。
はじめてトットちゃんは大声で泣いた。
するとソファーの陰からロッキーがのぞき、
大丈夫なほうの耳をそーっとなめた。
包帯だらけのトットちゃんは言った。
これで、ロッキーと
もっと仲良くなったわ。
トーク番組の聞き手として
誰の心にも優しく入っていく徹子さんは、
動物にも
心の垣根をつくらないひとだった。
Philofoto
イラリア・ヴェントゥリーニ・フェンディ
フェンディ創始者の孫娘、イラリアは
モードの世界に疑問を抱いた。
コレクションに発表したら、
翌日はもう古いものになる。
タイトな時間感覚から離れて、
農場経営をはじめたイラリアは、
ファーストレディが手にするバックをうみだす。
ブランドのテーマは、
not charity, just work
アフリカの女性たちの自立支援として、
ミシンを配り、廃材でバックをつくる。
イラリアのデザインで、美しく仕上げていく。
モードへの疑問と
フェンディで磨いた腕をもつ
彼女だからできること。
たこ八郎
迷惑かけて、ありがとう。
これは、コメディアン、たこ八郎の言葉。
ボクサー時代にうけたダメージが原因で、
終生パンチドランカーの症状に悩まされた彼。
言語障害やおねしょ。
彼は誰かに面倒をかけるたび、
申し訳ない、と思う以上に、
助けてくれたことへの感謝を伝えたかった。
迷惑かけて、ありがとう。
その言葉には、当時国民的に愛された彼の、素朴なキャラクターが生きている。
植木等
実は超がつくほどの真面目だった、俳優・植木等。
かの「スーダラ節」のでたらめな歌詞を渡された時、
真面目な自分にこの歌が歌えるか、彼は大いに悩んだ。
そのとき、住職だった父親の一言でふんぎりがついたのだという。
”わかっちゃいるけどやめられない”
この歌詞には、親鸞上人の教えにも通ずる、人間の真理がある。
いい歌だから、がんばって広めなさい。
真面目に、能天気をやること。
高度成長期の男たちに、大きな共感を与えた歌のはなし。
HAPPYBOX
美輪明宏
美輪明宏、17歳。
その日は、まさに人生どん底の日だった。
店をクビになり、泊まるところもない。
どしゃぶりの雨の中を、ただ、力なく歩き続けていた。
こんなときこそ、夢をもてる歌を。
そう思い、シャンソンの「バラ色の人生」を歌いだす。
前向きに、声高に歌っているときだった。
横を走るトラックが泥水をはねる。
泥水が、口や目の中に入った。
その、バラ色の人生を歌っている口の中へ。
はりつめていた気持ちがゆるみ、座り込んで泣き出す。
彼は誓う。
いつか大きなステージで、満員の観客で、もういちどこの歌を。
その後、美輪は念願のヒット曲を生み、
日比谷公会堂の満員のステージに立っていた。
アンコールの演目は、あの日歌った「バラ色の人生」。
人生は、マイナスだった分だけ、プラスがある。
彼が信じていたその法則を、身を持って証明した瞬間だった。
アンリ・カルティエ=ブレッソン
20世紀を代表する写真家、
アンリ・カルティエ=ブレッソン。
美しい構図の中に物語が広がってゆく、
まるで一枚の映画のような写真を撮る天才。
彼が撮った、マリリン・モンローのポートレートがある。
あのセクシーな、アイコン化された彼女ではない。
こちらを向いて優しく微笑む、ブロンドの女性がいるだけ。
でも、どんな彼女の出演作を観るよりも、彼女のリアルがよくわかる。
これが、写真というものさ。
その一枚を通して、彼は私たちにそう語りかけてくる。
kirainet
荒木経惟 1
アラーキーこと、写真家・荒木経惟の撮る写真には、
カメラの日付機能をつかった日時が入るのが特徴である。
私小説こそ、もっとも写真に近いもの。
彼は写真をそう考えているからだ。
うまい写真の撮り方について、彼はこう指南する。
写真はその日の刹那さですから、
毎日シャッターをおすこと。
人生を撮る、ただそれだけ。
シンプルに感じるか、難しく感じるか。
それは、その写真家の人生しだい。
stunned
荒木経惟 2
90年代、ケータイにカメラがついた
2000年代にはいると、撮った写真を
瞬時に世界と共有できるようになった。
世界中の誰もが、カメラマンになっていく。
そんなライバルだらけの時代をむかえても、
アラーキーこと、写真家・荒木経惟は、
アタシは天才だから大丈夫、と言い切る。
人生のリアルとかが写っちゃうんだ、あたしの場合は。
そう語る彼の自信の根っこにあるのは、一枚の写真。
新婚旅行で訪れた柳川での川下りの途中、ゴザをしいた船底で丸まって眠る妻。
明るい未来へむかうはずの新婚旅行の写真に、
「黄泉の国へむかう船の上で、すやすやと眠る胎児」が写ってしまった。
自分でも思いがけない瞬間が写ってる。
そういうのが、神がくれるプレゼントなんだな。それが、天才っての。
いままで出した400冊以上の写真集。
そのすべての写真を名作と言ってのける天才は、
世界中の誰よりも、神に愛された写真家なのかもしれない。
カノープス
言葉・2011/鎌田實
心がない言葉も、
言葉を持たない心も、
どちらも不完全なもの。
医師として、作家として、様々な人生を見つめてきた
鎌田實(かまたみのる)さんは、
心と言葉の両方を磨くことが大事だという。
では、どうしたら?
鎌田さんはこう答える。
今の気持ちに蓋をしないことから、心と言葉は育まれていくのではないでしょうか。
nico
言葉・2011/遠藤賢司
一年前の今日、
地面が大きく揺れたとき、
これでもう終わったんだな
やりたいこともあったのになあと思った
と語ったのは、ミュージシャン・遠藤賢司(えんどうけんじ)。
そんな、不安にくれる彼の気持ちを救ってくれたのは、
震災から数日後のとても些細なできごとだった。
郵便屋さんがバイクでやって来て
ポトッ、ポトッと、ポストに郵便物を入れる。
その音に、彼ははたと、
あ、いい音だな。
と、希望を感じたのだという。
人をいちばん安心させるのは、日常の美しい音なのかもしれない。
Suzan Black
言葉・2011/ ブータン国王
幸せの国の王様が、日本にやってきた。
その国の名は、ブータン。
ブータンといえば、
九州ほどの大きさの土地に人口が70万人という小さな国ながら
国民総生産よりも国民総幸福の向上を目指すという
画期的な政治理念をかかげ、世界にインパクトを与えた国。
日本から派遣された技術者がブータンの農業に大きな影響を与えるなど、
ブータンと日本の友好関係は、強く、深い。
2011年11月、そのブータンの国王が日本を訪れた。
これはその時、日本の子どもたちに向けて国王が語った言葉。
皆さんは龍を見たことがありますか?
私はあります。
皆さんそれぞれの中に龍はいます。
龍は『経験』を食べて大きくなります。
年をおうごとに龍は大きくなるのです。
皆さん、自分の中の龍を
大切にしてください。
強く、しなやかな龍は、ブータンのシンボル。
お腹の中に、龍を持つこと。
幸せの国の王様が、たくましく生きるコツを教えてくれた。
言葉・2011/和合亮一
福島在住の詩人、和合亮一(わごうりょういち)。
震災のあと、3月16日の夜から
彼は日々、ゆれ動く自分の気持ちをことばに託して、
ツイッターで発信してきた。
和合は、震災以来
自分の暮らす街の空気がどこか変わってしまったと感じ、
「空気が恐い顔をしている」と綴った。
さらに、彼のことばはこう続く。
恐い顔をしないでおくれ。
きみがそんな顔をしていると、みんなだって、頑なになるしかない。
福島よ。風よ。優しく笑っておくれ。
涙と微笑みとが入り混じったようなそのことばに、
いまも多くの人からの反響が寄せられているという。
カマスキー
言葉・2011/立川志の輔
立川志の輔は重い気持ちだった。
毎年恒例のタイ・バンコクでの落語会。
が2011年の春は、日本を離れて落語をやることに
ぬぐいきれない罪悪感があった。
そんな気持ちをひきずったまま、タイにたどりついた。
そして、苦手な入国審査。
人の心や情を語り続ける落語家にとって、
人格を無視したような審査は大の苦手だった。
おそるおそるパスポートを手渡す。じろりと荒探しするような眼。
コンピュータを見て、スタンプを押し、パスポートを返す。ここまではいつもと同じ。
ただ次の瞬間、タイの入国審査官は、にっこりと笑みを浮かべると、
片言の日本語で「お気をつけて」と言った。
オキヲツケテ!
日本が大変な状況になっているいま、
自分たちにできることは何だろうとタイの空港職員たちは話し合い、
そして実行したのは「笑顔で一声かけること」だったという。
ちょっとしたこと。自分にできること。
何かを変えられるかもしれない、第一歩のこと。
cyber
言葉・2011/嶋基宏
東北楽天ゴールデンイーグルス選手会長、嶋基宏。
彼が行った2011年オールスターゲームでの
スピーチにはこんな一文が含まれていた。
僕たち野球選手の使命は、野球の魅力や、
そこから生まれるドラマを通じて、
「ヒトの生きる力」に貢献する事だと思います。
嶋選手の言葉を聞いて考えさせられた人は少なくないと思う。
「ヒトの生きる力」に貢献すること。
どんな職種の人だって、それが使命なのかもしれない、と。
言葉・2011/三島邦弘
ミシマ社という出版社がある。
2006年設立、「原点回帰」を旗印に
慣習にとらわれない出版活動を続ける、
今最も元気な出版社である。
出版業界が決して順風とはいえない中で、
ミシマ社は、なぜ前へ進み続けられるのか。
代表の三島邦弘は著書『計画と無計画の間』の中でこう語る。
「売る」ことが目的化してしまっては
ものづくりの原点から離れてしまう。
ものづくりの原点はあくまでも、
「喜び」を交換することにあるはずだ。
読む喜びと、読まれる喜び。
その原点から逃げないこと。
そこには、たぎる熱があり、未来に続く道がある。
Copyright ©2009 Vision All Rights Reserved.