miyappp
カクテル・ストーリーズ/今 日出海(こん ひでみ)
作家でフランス文学者の
今日出海(こん ひでみ)が
考案したカクテルがある。
その名は、「東京のたそがれ」。
音と光り、人と自動車、
甘さと辛さ、歓楽とほのかな哀愁
そういった東京の横顔を、
ジンの鋭さやベルモットのやわらかさで表現したかった。
カクテルは、想像力を刺激する。
カクテル・ストーリーズ#1
「東京のたそがれ」
miyappp
カクテル・ストーリーズ/今 日出海(こん ひでみ)
作家でフランス文学者の
今日出海(こん ひでみ)が
考案したカクテルがある。
その名は、「東京のたそがれ」。
音と光り、人と自動車、
甘さと辛さ、歓楽とほのかな哀愁
そういった東京の横顔を、
ジンの鋭さやベルモットのやわらかさで表現したかった。
カクテルは、想像力を刺激する。
カクテル・ストーリーズ#1
「東京のたそがれ」
カクテル・ストーリーズ/フランシス・ニーガス大佐
1720年代、イギリス。
とフランシス・ニーガスいう陸軍大佐がいた。
ある寒い夜、
彼の邸宅に同僚たちが集まり、
いつになく白熱した政策論争をくりひろげた。
しかし、議論はなかなか結論に達せず、
ヒートアップしていくばかり。
そこで、ニーガス大佐は
彼らにこんなものをふるまった。
甘みの強いポートワインを
熱湯で割ってつくった、ホット・カクテル。
からだが温まれば、頭のホットさは収まるだろう
彼の作戦は、見事成功。
のちにこのカクテルは
クールな彼に同じ「ニーガス」と名付けられる。
カクテル・ストーリーズ#2
「ニーガス」
Jeremy Brooks
カクテル・ストーリーズ/開高健のマティーニ
作家、開高健にとってカクテルは、
空想を楽しむ飲み物だった。
たとえば、マティーニのグラスの中のオリーブの実。
丸いオリーブの中に四角いパプリカトマトが入っている。
種を抜いたオリーブの丸い穴に、
どうやって四角いパプリカトマトをすき間なく詰めるのか。
一粒一粒手作業をしていたら大変。
大量生産をする方法があるのだろうか。
マティーニのグラスを傾けながら、ああでもないこうでもないと、
思いを広げ、妄想を楽しんだ。
そのことをエッセイにして発表すると、
正解を教えましょうと、とある会社から小豆島の工場へ招待された。
しかし、開高健はこれを断る。
せっかくおれは、ああでもあろうか、こうでもあろうかと、突飛なことを考えて
遊んでいるんだから、これは壊さないでくれ。
カクテルグラスの中には、愛すべき謎がある。
正解は、さほど重要なことではない。
カクテル・ストーリーズ#3
「開高健のマティーニ」
カクテル・ストーリーズ/ヘミングウェイ
1932年、パリ。
アメリカの文豪、ヘミングウェイは
ボクシング・ジムの帰り道に、
ある行きつけのバーに立ち寄った。
ハリーズ・ニューヨーク・バー。
顔なじみの店主に対し、彼は
「運動後の気付けの一杯を」と注文した。
それを聞いたバーテンダーは、こんな一杯をさし出した。
ペルノと言うリキュールを、シャンパンで割ったカクテル。
ペルノは後悔の味がする
ヘミングウェイがいつもそう漏らしていたのを思い出し、
その後悔の味を、シャンパンで慰めてみようと考えたのだった。
このカクテルは後に、
「デス・イン・ジ・アフタヌーン」と名付けられる。
それは、ヘミングウェイが当時書きあげたばかりの作品の名前。
いかにお気に召したかが、うかがえる。
カクテル・ストーリーズ#4
「デス・イン・ジ・アフタヌーン」
カクテル・ストーリーズ/開高健のブラッディマリー
氷を入れたタンブラーにウォッカを注ぎ、トマトジュースを入れる。
お好みで、コショウ、タバスコを少々。
それが「ブラッディ・マリー」の一般的なレシピ。
「血まみれのマリー」という恐ろしげな名前がついたこのカクテル。
あの開高健先生によれば、ひとりの恐妻家の男が発明したのだ、という。
夫は家で酒を飲みたいが
妻が怖いのでおおっぴらには飲めない。
そこで台所で隠れて飲むのだが
琥珀色の液体を飲んでいては
「何ウイスキー飲んでるの!」と怒鳴られる。
あぶくのたつ液体をのんでいると、
「ビールね!」とこれまた怒られる。
そこで、透明なウォッカにトマトジュースをほうりこんで
コショーだなんだと、ありあわせのものをほうりこむことで、
厳しい妻の目をごまかしたのだ、と。
カクテルは、クリエイティブなお酒。
作り手と飲む人の発想力を鍛えてくれる。
カクテル・ストーリーズ#5
「開高健のブラッディマリー」
カクテル・ストーリーズ/フランクリン・ルーズベルト
1920年から1934年まで、
アメリカには禁酒法という法律があり、
酒好きは密造酒を飲むか
海外に行くしかなかった。
禁酒法を終わらせたのは、
合衆国大統領フランクリン・ルーズベルト。
ホワイトハウスでは
仕事を終えた大統領が自らシェーカーを握り、
スタッフにドライ・マティーニを振る舞う習慣ができた。
さあ、夜のとばりが降りた。ドライ・マティーニを飲んで童心に帰ろう。
マティーニを前にすると、人は正直になる。
その後、ソ連のスターリンにもマティーニを振る舞い、交渉を円滑に進めたという。
カクテル・ストーリーズ#6
「ドライ・マティーニ」
カクテル・ストーリーズ/サマセット・モーム
シンガポール、ラッフルズホテル。
このホテルを定宿にしたのが
イギリス人作家サマセット・モーム。
とある日のこと。
ラッフルズのバーで飲んでいたモームにバーテンダーが尋ねる。
「次は何をお飲みになられますか?」
「では、この美しい景色を」
モームは窓の外に沈みゆく太陽を眺めながら答えた。
そして生まれたカクテルが、シンガポールスリング。
・・・話の真偽は定かではないけれど、
数々の逸話が生まれるのもまた、愛されるカクテルの特徴。
カクテル・ストーリーズ#7
「シンガポールスリング」
ReeseCLloyd
カクテル・ストーリーズ/福西英三
1976年のある日、
バーテンダー協会にこんな問合わせがあった。
「ある女性デュエットを、カクテルと同じ名前で売り出したいのですが」
その電話を受けた役員、
福西英三(ふくにしえいぞう)はこんなふうに答えた。
カクテルに著作権はありません。
それよりも、デビューのご成功をお祈りします。
このひと言がなければ、
ピンク・レディーというアイドルはいなかったかもしれない。
カクテル・ストーリーズ#8
「ピンク・レディー」
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