2012 年 7 月 21 日 のアーカイブ

古居利康 12年7月21日放送


Philipp Salzgeber
コメットイケヤを見つけに ①

1963年1月3日午前5時5分。
静岡県浜名郡舞阪町在住、
河合楽器浜松工場ピアノ鍵盤工の池谷薫が、
星座表にない一つの星を発見した。

それは、
南の空に輝く乙女座の主星スピカから
20度東南にあって、南南東へ移動していた。

1月5日、
コペンハーゲンの国際中央天文局で
その星は、正式に新彗星と確認され、
発見者の名前をとって
池谷彗星=コメットイケヤと名づけられた。

池谷薫、19歳。
毎朝、太陽が昇る前に屋根にのぼり、
星空を見ることを生きがいとする少年だった。
手にしていたのは、じぶんで組み立てた
手づくりの天体望遠鏡。
コメットイケヤは、その望遠鏡で
見つけた初めての彗星だった。


Ashley Dace
コメットイケヤを見つけに ②

1950年代の終わり、
前衛的な短歌や戯曲で登場し、
映画の脚本やラジオドラマでも
活躍していた寺山修司。

寺山は、
池谷彗星の発見者・池谷薫に会いに、
たびたび浜松に出かけていって、
「なぜ星を探すのか」という質問を
繰り返した。

コメットイケヤを題材に、
ラジオドラマを一本つくろうとしていた。

19歳の若者による彗星発見、
という見出しが躍った新聞の片隅に、
或るサラリーマンの失踪という
小さな記事を発見した寺山は、
何の関係もない2つの出来事のあいだに
因果関係を見ようとしていた。

「私たちが何かを発見したときには、
 同じ世界の中で何かを失わねば
 ならないのではないか。」

というのが寺山のモチーフだった。


Ben McLeod
コメットイケヤを見つけに ③

寺山修司が書いたラジオドラマ、
『コメット・イケヤ』には、
アマチュア天文家・池谷薫本人の肉声が
刻まれている。

「なんか薄い雲の切れっぱしが通ったような
 気がしたんです。確かに視界の上の方に
 スゥッと薄いのが通ったように思った
 もんですから、そこをよく見たら
 たしかにあるんです。何回か確かめて
 確かに動いてるってとこを見てから、
 スケッチをして、電報を打ったんです。
 まだ暗いうちに。」

失踪者の行方を探すストーリーと、
池谷薫の彗星発見という現実の出来事が、
寺山修司のイマジネーションによって、
不思議に溶け合っていた。

「無人島の少年が沖を見張るように、
 はてしない空を見張り続けているうちに、
 彼は、『星座表』にない新しい星を発見して、
 たちまち天文学界の話題になった。」

と、寺山は書いている。


Ferny71
コメットイケヤを見つけに ④

1966年のラジオドラマ『コメット・イケヤ』。
演出を担当したのは、当時NHKのラジオ文芸部にいた
佐々木昭一郎だった。

佐々木が寺山と組むのは、初めて演出した
『おはよう、インディア』、吉永小百合の20歳を記念して
企画された『二十歳』につづいて、3度目だ。

あるとき、NHK浜松放送局から、池谷薫を取材しないか、
という誘いを受けた佐々木昭一郎は、
19歳のアマチュア天文家・池谷薫の自宅を訪れる。

「彼は想像通りナイーヴで礼儀正しい好青年であったが、
 彼にとって“星空”は私の考えていたような
 センチメントなど立ち入る余地もない、苛酷なものだった。
 気温零度以下の天候でも、彼はいつ現れるのか全く予測も
 出来ないホーキ星のかすかな光を探し続けるのである。」

と、佐々木は書いている。

「彼の現実は、私の貧弱な想像力をはるかに超越していた
 のだ。それをうまく言葉で表現する事は出来ないが、
 私はそこに何か、“狂的”(或いは熱狂的というべき)な
 現実を感ぜずにはいられなかった。」

この現実に斬り込むには、鋭いフィクションの武器が
必要だ。それをもっているのは寺山修司以外にない、
と、佐々木昭一郎は考えたのだった。


zAmb0ni
コメットイケヤを見つけに ⑤

「きいていい? 池谷さん。」
と、盲目の少女が言う。

「はい、なにをですか?」
と、ていねいに答える池谷さん。

「池谷さん! ほしって何ですか?」
と、少女。

「ほしはいつでも見えてるんですけど、
 そのほしがそこに輝いている
 っていうことに気がついたひとだけに
 見えるんです。
 たとえ目が見えなくても、
 そこにほしがあるっていうことに
 気がついていれば誰でも見えるんです」

と、池谷さん。

ラジオドラマ『コメット・イケヤ』は、
アマチュア天文家・池谷薫の
演技ではない、ほんとうの言葉を引き出して、
ストーリーに取り込んだ。

台本、寺山修司。演出、佐々木昭一郎。
2人のイマジネーションが、
稀有なドラマを生んだ。


Philipp Salzgeber
コメットイケヤを見つけに ⑥

池谷さん、
彗星って何ですか?

それは、
岩石と塵にまみれた氷の玉。

何十年、何百年の周期で
太陽系のまわりをまわっていて、
太陽に近づくと、氷の一部が蒸発し、
ガスと塵の混合物が気体になり、
尾っぽになって流れていきます。

池谷さん。
天上に新しい彗星を発見するとき、
地上でなにかが失われるって、
ほんとですか?

・・さぁ、
わたしにはわかりません。



コメットイケヤを見つけに ⑦

2010年11月3日午前4時58分。
池谷薫は、新しい彗星を発見した。
2002年に発見して以来、8年ぶりのことだった。

1963年、初めて彗星を発見したあの日から、
47年と10ヶ月。池谷薫、66歳。
その人生で出会った7つめの彗星だった。

池谷薫は、いまも毎日、手づくりの望遠鏡を覗いている。
それはニュートン式反射望遠鏡で、2枚の鏡から
できている。池谷薫は、鏡をひたすら自分で磨いてきた。
望遠鏡をじぶんでこしらえる、ということは、
反射鏡をじぶんで磨く、ということなのだ。

鏡の品質によって、望遠鏡の精度が変わってくる。
鏡の研磨によって、見える星の数もちがってくる。

いま、池谷薫は『池谷光学研磨研究所』を主宰し、
多くのアマチュア天文家に、鏡を研磨する技術を
伝授しようと努めている。

磨く、と言っても、ただ布でこするだけ、
というような単純な作業ではない。
いろんな道具や材料を使い、複雑な工程を経て
鏡を加工していく技術。

池谷薫は、ただひとり孤独に、
夜空を見つめているのではない。
星を見つめるひとを見つめる、
もうひとつの目を彼はもっているのだ。なる。
 

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