村山覚 12年8月12日放送
日本レスリングの父 八田一朗 1
日本レスリング界の父、八田一朗は、元々柔道家だった。
柔道を普及するために訪れたアメリカで、
レスリング選手と他流試合をして、負けた。
そして、魅了された。
柔道の師である嘉納治五郎からは
「レスリングを始めるのもよいが、50年かかるよ」
と言われた。
八田が日本初のレスリング部をつくったのが昭和6年。
その21年後、
戦後の日本に初めてもたらされた金メダルは、
水泳でも体操でもなく、
レスリング選手の太い首にかけられた。
その日、レスリングは日本のお家芸となった。
たくさんの奇跡を、ありがとう。
きょうはロンドンオリンピック最終日。
tpower1978
日本レスリングの父 八田一朗 2
「批判記事でもいいから、レスリングの事を書いてくれ。」
レスリングの父、八田一朗は
マスコミの影響力を熟知していた。
柔道やプロレスと比べると、
アマチュアレスリングはマイナースポーツ。
そこで、八田は策を講じた。
負けたら全身の毛を剃る、動物園でライオンとにらめっこ、
寒中水泳、真夜中の練習…。
八田の奇抜な練習法は、マスコミに話題を提供しつづけた。
勿論、批判も多くあっただろう。
しかし、この冗談のような練習に取り組んだ選手たちは、
ちゃんと結果を出した。
日本から生まれた世界チャンピオンは、60年でおよそ50人。
八田が話題を提供しなくても、
マスコミがレスリングを放っておかなくなった。
有効ポイントを取られても、
最後に1秒フォールを取れば逆転できる。
レスリングらしい広報戦術である。
たくさんの話題を、ありがとう。
きょうはロンドンオリンピック最終日。