蛭田瑞穂 12年9月8日放送
作家が暮らした家②立原道造
詩集『萱草に寄す』などで知られる、詩人立原道造。
一方で立原は将来を嘱望される建築家でもあった。
昭和12年、立原は浦和市の郊外、
別所沼の畔に建てる週末用住宅を構想した。
わずか5坪の小さな家を「ヒアシンスハウス」と名づけ、試案を重ねた。
その設計思想は現代のミニマム住宅の先駆けともいえたが、
立原の急逝により幻に終わる。
それから60年余りのち、さいたま市の政令指定都市移行を機に、
ヒアシンスハウス実現の機運が高まり、2004年ついに竣工される。
詩人の見た夢は60年の時を超えて、現実のものとなった。