2012 年 9 月 16 日 のアーカイブ

厚焼玉子 12年9月16日放送


なお
夢二の手紙 1 秋の気配
竹久夢二の手紙

 今日はぼんやりしたお月さま、
 ちょうどおまえのようだね。
 風がことこと障子をゆすると、
 人間はすべてさみしいものだと思う。

 いま日が暮れるところで
 紅い横雲が美しい。

大正10年の秋
夢二が留守をしている恋人に宛てて書いた手紙には
肌寒く、寂しい夜の景色が見える。

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厚焼玉子 12年9月16日放送


jikatu
夢二の手紙2  宵待草

竹久夢二の手紙

 今夜は暗い星月夜です。
 ふっと、波の音が耳に響いてきたのです。
 今更、あなたの心をどうしようというのではないのです。
 今後、十年二十年、逢うことはあるまいけれど
 また、あなたも逢うことを欲しまいけれど
 私がひとりで松原を夢みるという事実を妨げることは
 誰も出来ないのだ。

この手紙の相手は
夢二が千葉の海岸で出会った人だった。
夢二は片思いのその人を「おしま」と呼んだ。
宵待草のモデルになった人だった。

夢二は結局この手紙を出すことがなかった。

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厚焼玉子 12年9月16日放送



夢二の手紙3 女学生

竹久夢二の手紙

 こうして手紙のくる日まで待っている私かと思えば
 この日ごろの私があわれまれる。

 あなたもいとしい、かわいい。
 私もかなしい。

 なんというかなしい、寂しい恋であろう。
 思うまい思うまい
 ゆくすえのことは誰が知ろう。
 こうして待ってこがれている今日の日が事実ばかりで。
 きのうもあすも知らない。

 それにしてからが
 いまのいまのこの心の置きどころのわびしさ。
 心のひまのないこの頃のようでは、私は死ぬであろう。
 とりとめて、しっかりと、何も私は握っていない不安。

 やはり、ただひとりの思う人がなくては
 生きていられない私を思う。

それは大正三年ころだった。
夢二は自分のファンだった女学生と恋に落ちてしまった。
夢二には妻があり、女学生には許婚がいた。

手紙のやりとりさえ身も細る思いのふたりだった。

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厚焼玉子 12年9月16日放送



夢二の手紙4

竹久夢二の手紙

 秀子へ
 こんなにまた、切ないやりとりをする自分を
 少しあわれに思う。
 秀子は、なんとも言って来ない。
 もしや、病気かしらともおもう。

 また今日も植木をいじろう。
 こんなときに、なんにも出来ない。

夢二の手紙は日記のようだ。
でも、この日記は返事を欲しがっている。

これが恋文というものかもしれない。

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厚焼玉子 12年9月16日放送



夢二の手紙 5

竹久夢二の手紙

 嘆くようにぼそぼそ降ってきた雨が
 いまはもうこらえきれないで、
 大きな涙を流して泣き叫ぶように降ってきた。

 寂しい寂しい、心のやりばがない。

 じっとこらえていると涙がこぼれそうでならない。
 泣けばなぐさむ心なら、泣きたいと思えど
 ただもうもだもだと泣くに泣かれぬ。

 たったひとりの夜は更けてゆくけれど
 戸をたたくものは雨の音ばかり。

 なんにも聞かいでも、なんにも言わいでも
 ひと目顔が見たい、逢いたい。

いつの手紙かわからない。
誰に宛てたのかもわからない、竹久夢二の手紙。

思い通りにならない恋の相手は誰だったのか。
凜とした強い瞳の持ち主か、世間を恐れる気弱な少女か。
夢二の描いた女の絵をもう一度眺めてみたくなる。

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厚焼玉子 12年9月16日放送



夢二の手紙 6 まあちゃん

竹久夢二の手紙

 まあちゃんは今頃起き出ているであろう。
 そして僕の手紙を読んでいるであろう。
 まあちゃん、本当に早く帰って逢いたいねえ。

 いま汽車は比叡の麓を通っている。
 青い麦の間を青色の日傘をさして近江の少女がゆく。
 湖は紫色をして、桃色の帆船を浮かべている。

夢二が「まあちゃん」と呼んだのは
離婚した妻、環(たまき)のことだった。

別れてもなお、夢二は年上の妻に甘える。

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厚焼玉子 12年9月16日放送



夢二の手紙 7  老詩人

竹久夢二の手紙

 まさ子さん

 私は手紙をあなたへ書きたくなったのです。
 ところが、その気持ちで書いたら
 きっとあなたは笑い出すか、あくびをするでしょう。
 どちらにしても老詩人の愚痴に過ぎないと思うでしょう。
 それほどあなたは若くて美しいのです。

「老詩人」と自分を呼ぶようになっても
夢二は恋をあきらめようとはしていない。

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厚焼玉子 12年9月16日放送



夢二の手紙 8 お葉と呼ばれた女

竹久夢二の手紙

 おれの人形は美しくてなつかしい。
 やはりなんといってもおれのものだ。
 けれど、この人形のからだのどこかに
 おれにわからないものがひそんでいる。

35歳の夢二が出会った理想のモデルは15歳だった。
夢二は彼女にお葉という名前をつけ
自分の好みに仕立て上げようとした。

6年一緒に暮らして、お葉は夢二のもとを去った。
それを呼び戻そうとする夢二の手紙には
お葉のことをおれの人形と書いている。

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