ROSS HONG KONG
もうひとりのわたし 色川武大の場合
色川武大は、
「阿佐田哲也」という名前で、
麻雀小説を量産した。
「阿佐田哲也」以前に、
麻雀小説というものは存在しなかった。
文章と文章の間に麻雀牌の状況図を挿入する
前代未聞の小説。
「阿佐田哲也」は、
関東で9番目に強いプロの雀師だったという。
欲望。駆け引き。やっかみ。裏の裏。
麻雀を題材にしながら、人間というものの
わけのわからなさを描いた。
そんな阿佐田哲也が、
本名である「色川武大」にもどって、
自伝的な小説を書き始める。
元海軍中佐だった父との確執。
ナルコレプシーという睡眠障害に悩み、
白昼夢のごとき幻覚に苦しむ狂人としての自分。
亡くなる直前、妻にこう言った。
「阿佐田哲也君をやれば、
なんとか生活はしのげるが、これからは
純文学一本に絞っていこうと思う。
オレにはもう時間がないんだ」
1989年、昭和の最後の年、
色川武大と阿佐田哲也はこの世を去った。