2013 年 3 月 のアーカイブ

薄 景子 13年3月10日放送



出発のはなし4 先人たちの言葉

芸術家、岡本太郎は言った。

 金と名誉を否定したところに、
 人間のほんとうの出発点がある。

哲学者、アンリ・ベルクソンは言った。

 どこまで行けるか、確める方法は唯一つ。

 すぐにでも、出発して、歩き始めることだ。

先人たちは教えてくれる。
すべての出発は、新たな自分への
旅立ちだということを。

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石橋涼子 13年3月10日放送



出発のはなし5 広岡浅子の推進力

大阪屈指の両替商、加島屋の若旦那の花嫁は、
京都の豪商三井家のお嬢さんだった。
広岡浅子、17歳。

世が世なら、坊ちゃん育ちの夫と一緒に
おかみさんとして優雅に暮らしたのかもしれない。
しかし、時は明治維新まっただなか。
幕末の混乱とともに両替商は軒並み倒産した時代だ。

数字に強く、時代を読む能力にもたけ、
なによりも負けず嫌いな浅子は、
のんびり屋の夫に代わり店を切り盛りした。
借金を踏み倒そうとする大名や武家には
武士道を説いて諭し、
事業拡大した炭鉱経営では護身用のピストル二丁を手に
荒くれ男たちと寝食をともにしたという。

歴史の中で潰れる運命にあった加島屋は、
浅子によって銀行・商社・保険業まで手がける
大企業へと成長した。

波乱の時代に臆することなく前進し続けた彼女の、
出発に対する持論。

 何でも初めから無理と思うたら、
 結果もそのようになります。
 無理でも目的を立てて、どないしたら完遂でけるか、
 焦点を絞っていくことが大切どす。

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薄 景子 13年3月10日放送


colin.bischoff
出発のはなし6 植村直己

冒険家、植村直己。

「山はやめる」と妻に誓って
結婚したにもかかわらず、
「これは山じゃないから」と
子どものような言い訳をし、
生涯冒険家として、新たな目標へ旅立ちつづけた。

そんな植村が残した言葉。

 出発するとすぐ、帰ることばかり考えるんですよね。
 それがある一定のところまで進むと、
 もう引き返しのきかない状況までくるわけです。
 そこで初めて、先に進むことだけしか考えなくなるんです。

不安のない出発など、きっとない。
しかし、自分で踏み出す一歩一歩が、
やがてとてつもない力になる。

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茂木彩海 13年3月10日放送


florence craye
出発のはなし7 スナフキン

スウェーデン語で、
「嗅ぎたばこのあいつ」の意味を持つスナフキン。

トーベ・ヤンソンが描くその自由気ままな生き方に
つい憧れてしまう大人も多いかもしれない。

そんな彼から、この春旅立つあなたへメッセージ。

 長い旅行に必要なのは
 大きなカバンじゃなく、口ずさめる一つの歌さ。

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茂木彩海 13年3月10日放送


Alé
出発のはなし8 パウロ・コエーリョ

ブラジル、リオ・デ・ジャネイロを代表する作家
パウロ・コエーリョ。

大学の法学部を突然やめたかと思えば、世界中を旅し、
帰国後はレコードの作詞をはじめるも、とつぜん仕事を放棄。
再び旅に出たのち、現在は小説家として活動している。

そんな彼の言葉。

 一本の道を決めるということは、

 ほかの道をあきらめるということだ。
 
まだ人生はまるごと残っている。

目的地をひとつにする必要なんかない。
どこに到着するか楽しみにしながら踏み出す、
そういう出発があってもいい。

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佐藤理人 13年3月9日放送



アーリーロケットメン①「王冨」

1500年頃の中国に、
人類初の宇宙旅行を計画した男がいた。
名は王冨(ワンフー)、明の高級官吏だ。

2つの凧で引っ張り上げた竹製の椅子に座る王冨。
椅子の後ろに取り付けた47基の火薬ロケットに
47人の男たちが火をつけた。

バーン!

煙が晴れたとき、そこにあるのは
粉々になった椅子の残骸だけだった。

駆け寄った人々は口々に言った。

王冨は天国へ行ってしまった。

科学的に計算すると、
その火力で天国に到着するのは約7分後。
しかし彼の場合、7秒もかからなかったに違いない。

月面の、とあるクレーターに、
この無謀かつ勇敢な挑戦者の名が付けられていることは、
あまり知られていない。

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佐藤理人 13年3月9日放送



アーリーロケットメン②「セレービ」

キリストに会いに行って参ります。

男はそう言って空へ飛び立った。

17世紀のオスマン・トルコ。
王の娘の誕生パーティを、
大型花火による人間飛行で盛り上げることになった。

そこに名乗りをあげたのが国一番の技術者、
ラガーリ・ハッサン・セレービだった。

7枚の翼と1.2トンの火薬を乗せたロケットは、
トプカピ宮殿の屋根から
ボスポラス海峡に向かって約300メートル飛んだ。

落下するかに見えた瞬間、セレービは見事な翼さばきで、
無事、王の待つ宮殿の庭に着陸。

群衆の歓声を浴びながら、王に言った。

陛下、キリスト様からよろしくとのことでした。

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佐藤理人 13年3月9日放送



アーリーロケットメン③「ロー」

弾丸人間

の異名を持つアメリカのスタントマン、
ロドマン・ロー。

彼は高層ビルや自由の女神から
パラシュートで飛び降りるだけでは飽き足らず、
20キロ先の町までロケットで飛ぶことを計画。

しかし彼のロケットは、
大量の火薬を積んだだけの巨大な筒。
案の定、大爆発を起こした。

奇跡的にかすり傷で済んだ彼は、
すぐに再挑戦したがったと言う。

どうやら肝っ玉まで弾丸だったらしい。

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佐藤理人 13年3月9日放送



アーリーロケットメン④「キバルチッチ」

ロケットエンジンの理論を発見したのは、
皇帝の暗殺者だった。

ロマノフ王朝の皇帝アレクサンドル二世を
三度も付け狙って暗殺した過激派グループ
「人民の意志」の一員、ニコライ・キバルチッチ。

彼は処刑を待つ牢獄の中で、
火薬を段階的に爆発させれば、
ロケットを加速できるとひらめいた。

これこそ現代のジェットエンジンに使われている、

徐燃式爆発

と呼ばれる技術。

アレクサンドル二世は、
ロシアの自然資源を開発するために
優秀な科学者の育成に尽力した皇帝だった。

皮肉にもキバルチッチは、
その政策によって育てられた
爆破のスペシャリストだったのである。

彼の才能と執念深さを研究に生かしていれば、
と思わずにはいられない。

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佐藤理人 13年3月9日放送



アーリーロケットメン⑤「ツィオルコフスキー(前編)」

幼い頃に聴力を失ったことが、

ロケットの父

コンスタンチン・ツィオルコフスキーを本の虫にした。

孤独を癒すために読んでいた物理や天文学の本は、
やがて彼の生きる原動力になった。
着るものも食べるものも構わず、
頭の中は常に大空と宇宙のことでいっぱい。

独学で研究を続けた彼は、ライト兄弟が空を飛ぶ20年も前に、
宇宙を飛ぶロケットの理論を発見していた。

当時の飛行研究家は皆飛ぶことだけを考えていたため、
機体を軽い木や布で作るのが常識だった。

しかし既に宇宙を見据えていた彼は、
エンジンを乗せるには頑丈な金属の機体が必要と考え、
飛行船の模型を作って政府に助成金を申請した。

しかし役人たちはその模型を、

風のオモチャ

と言って相手にもしなかった。

世界初の飛行船「ツェッペリン号」が誕生したのは、
それから10年も後のこと。

健康な目や耳を持っていても、
何も見えず、聞こえない人のなんと多いことか。

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