2013 年 6 月 23 日 のアーカイブ

古居利康 13年6月23日放送


wolfnowl
雨の詩集 ①草野心平

雨の詩集。
草野心平の「石」。

 雨に濡れて。
 独り。
 石がゐる。
 億年を蔵して。
 にぶいひかりの。
 もやのなかに。

詩人は、
ただの石ころに、
気の遠くなる時間を感じ取る。

その石を濡らす雨もまた、
何億年も前から降っていた雨。

草野心平は、
人間でないものの眼で
この世界を愛した。

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古居利康 13年6月23日放送


kakade
雨の詩集 ②まどみちお

雨の詩集。
まどみちおの『あめ』。

 あめがふる
 あめがふる
 あめがふる
 そらが おおきな
 かお あらう

 あめがやんだ
 あめがやんだ
 あめがやんだ
 そらが きれいな
 かお だした

詩人まどみちおのことは、
「まどさん」と呼びたくなる。

雨も、空も、雲も、太陽も、
まどさんから見れば、
いつも新しく生まれ変わる、
大きな生きものの一部だ。

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古居利康 13年6月23日放送



雨の詩集 ③寺山修司

雨の詩集。
寺山修司の俳句。

 梅雨のバス少女の髪は避くべしや

「15歳から19歳までのあいだに、
ノートにしてほぼ10冊、
各行にびっしりと
書きつらねていった俳句は、
日記に代わる自己形成の記録
なのであった。」

寺山修司は、そう書いている。
歌人、劇作家、劇団主宰、映画監督。
彼の多彩な才能の原点に、
俳句があった。

 梅雨のバス少女の髪は避くべしや

通学のバス。
乗り合わせた同級生の少女の髪。
雨に湿って匂い立つ。
少年の陶酔、そして逡巡。

五七五に濃縮された言葉は、
短編映画のように映像的だ。

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古居利康 13年6月23日放送



雨の詩集 ④八木重吉

雨の詩集。
八木重吉の『雨』。

 雨のおとがきこえる
 雨がふってゐたのだ

 あのおとのように
 そっと世のためにはたらいてゐよう

 雨があがるように
 しづかに死んでゆこう

そして、若い詩人は、
詩集を一冊だけ出して、
ほんとうに静かに死んでいった。

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古居利康 13年6月23日放送



雨の詩集 ⑤リチャード・ブローティガン

雨の詩集。
リチャード・ブローティガンの、
『カフカの帽子』。

 雨が降っている
 屋根の上に
 外科手術的に降っている
 ぼくは
 カフカの帽子のような
 アイスクリームを食べた

 横たわって
 じっと天井を見ている
 患者をのせた手術台のような
 味のアイスクリームだった

ブローティガンは、
テンガロンハットをかぶって
写真に写っていることが多い。
帽子が好きなひとは、
他人の帽子も気になるのだろうか。

20世紀初頭のプラハの街角を
歩くとき、カフカはどんな帽子を
かぶっていたのだろう。
ブローティガンの言葉を通して、
見たことのないカフカの帽子を
わたしたちは想像する。

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古居利康 13年6月23日放送


groovysisters
雨の詩集 ⑥種田山頭火

雨の詩集。
種田山頭火の俳句。

 夕立が洗つていつた茄子をもぐ

40歳を過ぎて山頭火は旅に出る。
ほぼ無一文。托鉢僧の姿で物乞いし、
見ず知らずの家で、ひとつまみの米を
わけてもらったりした。

 こんやの寝床はある若葉あかるい雨

五七五の形式からも、
この社会の決まり事からも、
はみ出していった、山頭火の句。
何も持たないひとの、
一種ふしぎな明るさに、
わたしたちは救われる。

 雨だれの音も年とつた

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古居利康 13年6月23日放送



雨の詩集 ⑦マザーグース

雨の詩集。

『マザーグース』より、『Rain』
 
 Rain on the green grass,
 And rain on the tree,
 Rain on the house-top,

 But not on me…

 雨よふれ
 草の上に 樹の上に
 屋根の上にも
 雨よふれ

 ぼくだけよけてね

英国の、遠い昔の子どもたちの、
かわいい自分勝手。

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古居利康 13年6月23日放送


jamesgrayking
雨の詩集 ⑧アーサー・フリード

雨の詩集。
アーサー・フリードの
『Singin’in the Rain』

 ♬〜
 僕は雨の中で歌ってる
 ずぶぬれで歌ってる
 なんてすばらしい気分

 幸せいっぱい
 雲にも笑いかけて
 空は真っ暗だけど
 心のなかにお日様がいる
 恋は準備万端
 〜

そう歌いながら、
雨の中でジーン・ケリーが踊る、
ミュージカル映画『雨に唄えば』。

踊り出す直前の場面で、
彼は恋する女性を抱きしめキスをする。
恋に浮かれた男には、雨さえも、
祝福のしるしに見えるのだ。

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