村山覚 14年4月13日放送
アディ・ダスラーの逆転ゴール
1954年、サッカーワールドカップの決勝戦。
西ドイツチームのベンチに、ひとりの靴職人が座っていた。
対戦相手はハンガリー。
4年間無敗、1試合の平均得点は4点以上と
名実ともに世界最強チームだったハンガリーは
予選から準決勝まで順当に勝ち進んだ。
決勝戦も試合開始後わずか8分で2得点リード。
やはりハンガリーか。
そんなムードが流れるスタジアムで、
ボールや選手ではなく「選手の靴」を見つめていたのは
靴職人ただ一人だったかもしれない。
決勝戦のピッチは大雨の影響でぬかるみ、滑りやすくなっていた。
試合前、靴職人は靴底の金具を長くて固いものに付け替えていた。
その後、西ドイツが2点を入れて同点。
歓喜の瞬間、ハンガリーにとっては最悪の瞬間は、
後半の試合終了間際にやってきた。
雨のピッチでも踏ん張りがきく西ドイツチームの靴が
蹴り込んだ逆転ゴール。
この決勝戦の番狂わせは「ベルンの奇跡」と呼ばれている。
靴職人の名は、アディ・ダスラー。
そう、アディダスの創業者である。
ワールドカップ授与の瞬間、西ドイツの監督は
ベンチに座っていたアディを表彰台にひっぱり上げた。
その優勝写真により、アディとアディの靴はますます有名になり、
ヨーロッパ中から注文が殺到したそうだ。
その試合は、ひとりの靴職人の晴れ舞台であると同時に、
サッカーシューズ新時代のキックオフでもあった。