6香りのはなし グルヌイユの恋
46カ国語に翻訳された小説、
パトリック・ジュースキントの『香水 ある人殺しの物語』。
愛する女性の香りを永久に保存するため殺人を犯す
孤独な男の物語だ。
異常に鋭い嗅覚をもつ主人公、
グルヌイユは、苦悩し、こう独白する。
見たくないなら目をふさげばいい、
聞きたくないなら耳をふさげばいい、
しかし鼻はそうはいかない、
それは呼吸に関わっているからだ。
香りとは、ときに、ひとを、
抗いようのない、
甘美で悲しい恋に誘う。
6香りのはなし グルヌイユの恋
46カ国語に翻訳された小説、
パトリック・ジュースキントの『香水 ある人殺しの物語』。
愛する女性の香りを永久に保存するため殺人を犯す
孤独な男の物語だ。
異常に鋭い嗅覚をもつ主人公、
グルヌイユは、苦悩し、こう独白する。
見たくないなら目をふさげばいい、
聞きたくないなら耳をふさげばいい、
しかし鼻はそうはいかない、
それは呼吸に関わっているからだ。
香りとは、ときに、ひとを、
抗いようのない、
甘美で悲しい恋に誘う。
7.香りのはなし 女の香り
フランスの作家、レミ・ド・グールモン。
彼は「髪の毛」という詩で、女性の香りをこう例えている。
君は干し草の匂い、
けものが身を置いたあとの石の匂いがする。
自分の中から自然と沸き立つ香りに、女性の魅力は隠れている。
idarknight
8.香りのはなし 未来の香り
香りは、過去の記憶だけを呼び覚ますわけではない。
そんな気づきを、作家、重松清は
短編「コーヒーもう一杯」の中でこう表現した。
彼女と飲むコーヒーの香りをむしょうに懐かしく感じている彼に、
彼女は語る。
あなたはいま、
未来の懐かしさを予感してるの。
だから、
なにも思いだせないのに懐かしいの。
未来で出会う記憶が、よりよいものになるように。
いまはただ、素敵な香りと出会いたい。
El Pelos Briseño
走る① ララムリ
走ることで、生きている民族がいる。
メキシコの険しい山岳地帯に住む、彼らの名は「ララムリ」。
彼らにとって、走ることは苦行ではないという。
「12時間でも14時間でも、夜を徹して走り続け、
誰がいちばん長く走れるか」
というゲームを楽しんでいるほどだ。
近くでウルトラマラソンが開かれると、
たくさんのララムリが参加し、上位を独占する。
ランニング専用のシューズやウエアを身につけた先進国の人々を、
ララムリは、わらじにスカートという普段着で、
軽やかに抜かしていくのだ。
ララムリに伝わる、こんなことわざがある。
地の上を走り、地とともに走る限り、永遠に走ることが出来る。
flashcurd
走る② Runner
走るときに、音楽が大切な相棒になるという人は多い。
中でも人気のある曲のひとつが、
爆風スランプの「Runner」だ。
この曲は、爆風スランプのメンバー4人のうち、
ベースの江川ほーじんの脱退に際し作られた曲だった。
結成以来、苦楽を共にしてきた仲間が去ることになり、
しばらく放心状態だったサンプラザ中野。
彼がつづった歌詞からは、
感傷を振り切り、夢へと向かう強い決意が読みとれる。
走る走る俺たち 流れる汗もそのままに
いつかたどりついたら 君に打ち明けられるだろう
たとえ今は小さく 弱い太陽だとしても
Jimmy Walker
走る③ 村上春樹
作家村上春樹には旅先におけるひとつの習慣がある。
それは走ること。
ローマ、ハンブルグ、ホノルル、ボストン、ミコノス島。
ランニングウェアに着替え、ジョギングシューズを履き、
行く先々の町を彼は走る。
村上春樹は言う。
旅に出て、その町を走るのは楽しい。
時速10キロ前後というのは風景を見るには
理想的な速度だろうと僕は思う。
それぞれの町にはそれぞれの空気があり、
それぞれの走り心地がある。
僕はそういう町の表情を眺めながら
のんびりと走るのが好きなのだ。
走る④ 坂井義則
1945年、8月。
原爆が落ちた1時間半後のヒロシマで生まれた、坂井義則。
東京オリンピックで聖火リレーの最終ランナーに選ばれ、
大観衆の前で聖火を灯した。
日本が、被爆国という歴史を背負ったその日に生まれた坂井。
その彼が灯した、平和の祭典の幕開けを告げる炎は、
戦災からの復興を告げる、力強い赤だった。
坂井は、自分が選ばれた理由についてこう語る。
無名の青年に、日本中の思いを、未来の平和を託したんだと思う。
オリンピックが再びこの国に戻ってくるまで、あと6年。
その聖火の色は、平和を守り続ける決意の赤に違いない。
なんかですねー、タイトル欄に日本語書き込むと変になるんですよね・・・
あと、写真の縦横比がうまくいかないんですよね・・・
もう見切り発車でアップします・・・
で、久しぶりに書きます、なぜかというと、
福岡から五島へ行く深夜フェリー「太古」が新船になったのです!
早く乗りたい!って思ってたんですが、
満席で乗れなかったりして、こないだやっと乗れました。
で、ですね。
船が新しくなったせいで航海が快適なんですよ。
快適さのせいか、夜明けとともにパッと目が覚めて、甲板に出ました。
太古は、五島列島を北端の宇久島から順に南下していくのですが、
夜明けの島々の景色が素晴らしいのです。
上の写真をズームしてみると・・・山の中腹に教会が見えます。
島々の中にこじんまりとした教会が見える。
これも五島らしさ。
長崎県の教会群は世界遺産候補です。
太古の船旅は、ただの移動ではないです。
こんな景色を楽しめるのだから。
ほら
なんかね、いいんですよ
いいぞー五島!って甲板から叫びたくなります。
恥ずかしいから叫びませんけど。
船の中も快適です。
そして何と船は新しくなったのに、運賃は値下がりしてました。
意味が分からない!
トイレはホテルみたいでした。
新船、太古。
かっこいい。乗ってみませんかー!
そして、夜明けの甲板、出てみませんかー!
「私の発明」トーベ・ヤンソン
1914年、8月、トーベ・ヤンソンは、
彫刻家の父と画家の母の間に生まれた。
今年で生誕100周年。
初めてのムーミン物語は、
50ページにも満たない小冊子として、
ヘルシンキとストックホルムの駅の
キオスクに並んだ。
とてもさり気ないデビュー。
主人公のムーミントロールは
私の発明。
トーベ・ヤンソンは、胸を張って言う。
他にはいない生き物。
だからこそ、今でも愛される。
「ムーミンを生んだ戦争」トーベ・ヤンソン
新椎気鋭の画家だった、若き日のトーベ・ヤンソン。
反戦・反独裁を唱える政治風刺雑誌『ガルム』に連載していた。
いばりちらす権力者をからかい、古くさい社会システムを
笑い飛ばすキャラクターを描いた。
これが、ムーミントロール。
ムーミンを描くようになったきっかけは、
戦争で絵が描けなくなったから。
じつをいうと現実に背を向けて、
つくられた世界にひたるという
一種の逃避でした。
当時のムーミンは小さくて痩せてて、
しょっちゅう怒っていた。
検閲で思うように絵が描けない
ヤンソンの憤りを象徴するかのように。
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