2015 年 10 月 のアーカイブ

大友美有紀 15年10月17日放送

151017-04

「空を飛びたい」ニューヨークタイムズの謝罪

1919年、
マサチューセッツ州、クラーク大学のロバート・ゴダード教授は、
ロケットとロケット工学に関する論文を発表し、
ロケットを地球の大気圏の外、
それどころか月まで飛ばすことができると延べた。

それを知った「ニューヨークタイムズ」紙は、
ゴダードを酷評する社説を掲載。

 月にまで飛ぶことができるとする彼の考えは、
 「高校レベルの知識すら持っていない」

それから50年後の1969年7月17日、
アポロ11号が月へ旅立った翌日、
「ニューヨークタイムズ」紙に謝罪文が載った。
 
 さらなる調査および実験により、
 大気中と同様に 真空中でもロケットが
 飛行しうることは明確に実証されました。
 本誌は過去の過ちを後悔しています。

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大友美有紀 15年10月17日放送

151017-05

「空を飛びたい」ニューヨークタイムズの謝罪

カエデの種は、翼果(よくか)と呼ばれる
2枚の羽を持つ果実の中にあり、
くるくると回って落ちてくる。
これは、ヘリコプターのプロペラの構造と同じ。
レオナルド・ダ・ヴィンチも
スクリュー型のプロペラを持つ機械のスケッチを描いている。

けれども、パイロットを乗せたヘリコプターが
地上を離れて舞い上がったのは20世紀になってからだった。

高度1フィート(約30センチ)、20分間の
初飛行だった。

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坂本弥光 15年10月11日放送

151011-01
lwpkommunikacio
スティーブン・ホーキング 車いすの物理学者

「アイスバケツチャレンジ」で広く知られることとなった、
筋萎縮性側索硬化症、別名ALS。
全身の筋力が徐々に弱まり、余命5年と言われる病気だ。

しかし、発症から50年以上たった今でも、
「車いすの物理学者」として世界を牽引する男がいる。

スティーブン・ホーキング。

 脳はコンピューターのようなもの。
 部品が壊れれば、動作しなくなる。
 壊れたコンピューターには天国も来世もない。
 天国は、暗闇を恐れる人間のための架空の世界だよ。

死と隣り合わせの人生を歩んできた、彼らしい言葉だ。

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坂本弥光 15年10月11日放送

151011-02
NASA’s Marshall Space Flight Center
スティーブン・ホーキング 宇宙と人

世界的に、宇宙論ブームを巻き起こした本がある。
「ホーキング、宇宙を語る」
著者は、アインシュタイン以後、
最も影響力のある理論物理学者 スティーブン・ホーキング。

彼は最先端の研究のかたわら、
宇宙論を一般向けにわかりやすく紐解いた本を執筆し続けている。

その理由は、彼の名言に隠されている。

 私たちはどこにでもある恒星の、
 マイナーな惑星に住む、
 血統の良い猿にすぎない。
 しかし私たちは宇宙というものを理解できる。
 そのために、ちょっとは特別な存在なのだ。

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坂本弥光 15年10月11日放送

151011-03
lwpkommunikacio
スティーブン・ホーキング ゴードン・ムーア

天才物理学者スティーブン・ホーキング。
彼の右腕とも言うべき、ひとりの男がいる。
ゴードン・ムーア。インテルの創始者だ。

ムーアは、1997年から最新のカスタマイズPCをホーキングに提供。
車いすマウント型ポータブル通信システムにはじまり、
メール作成・ブラウジング・執筆・合成音声での会話などを可能にする
システムを開発・提供している。

しかし、ホーキングの持病ALSは、日々進行する病だ。

親指でのリモコン操作から、
頬の筋肉の緊張を検知する「頬スイッチ」へ。
その操作すら難しくなってしまった後は、
単語予測のアルゴリズムを組み込んだインタフェースへ再設計。

進行する病状に合わせて常に改良し、
世界最先端の研究をサポートし続けているのだ。

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坂本弥光 15年10月11日放送

151011-04

スティーブン・ホーキング 人工知能

人工知能は、もう未来のものではない。

留守中に部屋を掃除する、ロボット掃除機。
テレビ番組のMCにもなった、アンドロイドロボット。
メッセージアプリでは、自動会話でやりとりができるようになった。

しかし、理論物理学者 スティーブン・ホーキングは、
この人類史上最大の進歩に警鐘を鳴らしている。

 完全な人工知能を開発できたら、
 それは人類の終焉を意味するかもしれない。
 ゆっくりとしか進化できない人間に勝ち目はない。

病と闘いながらも、宇宙界を牽引するホーキングの言葉に、
世界はいま大きく揺れている。

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廣瀬大 15年10月11日放送

151011-05
Esthr
ウディ・アレンに関するいくつかのこと。

ある撮影が長引くと、彼は自分の腕時計を見ながら、
「さあ、さっさと撮影を終わらせよう。
もうすぐニューヨーク・ジャイアンツのナイターが始まってしまう」

と言ったという。

80歳近くになっても
年に一本のペースで新作を公開し続けている
映画監督のウディ・アレン。

彼の撮影は非常に速い。
また演出はほとんど指示を出さず、役者に任せることで有名だ。
「撮影が速いのは、同じことを何度もやると飽きるから。
僕にそんな辛抱強さはない」彼は飄々と語る。

「演出に関しては、演技力がある素晴らしい役者たちを
キャスティングしているんだ。
僕の仕事は彼らの邪魔をしないこと。任せるんだ」と彼は言う。
この独自の撮影と演出により、
これまで彼の映画からは多くのオスカー俳優が誕生している。

ウディ・アレン作品の出演料は、
ベテランであろうと、新人であろうと
全米映画俳優組合が決めた最低料金しか支払われないという。

それでも、彼の映画に出演したがる俳優は後を絶たない。

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廣瀬大 15年10月11日放送

151011-06
Chris Boland
ウディ・アレンに関するいくつかのこと。

映画監督ウディ・アレンの作品の多くは
彼が長年暮らすニューヨークが舞台だ。
そして、その映画にはよく心地よいジャズが流れている。

彼は映画監督でありながら
ニューオリンズ・ジャズ・バンドの
クラリネット奏者という顔も持つ。
ジャズバンドを率いて、
ヨーロッパツアーも行った。

彼の作品「アニー・ホール」がアカデミー賞を受賞した際、
ウディ・アレンは授賞式を欠席。
理由はその日、ニューヨークのクラブで
ジャズバンドのライブに出演するから。

彼は華やかな授賞式を蹴り、
地元ニューヨークの
酒と煙草の匂いが立ち込める薄暗いナイトクラブで
子どもの頃から夢中になっている古いジャズを
仲間達と演奏していたのだ。

それから数十年、
彼は仕事でニューヨークを離れるとき以外、
今でも毎週月曜日に、お気に入りのクラブで
クラリネットの演奏を続けている。

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廣瀬大 15年10月11日放送

151011-07

ウディ・アレンに関するいくつかのこと。

映画監督ウディ・アレンが
脚本を執筆するのに愛用しているのは
西ドイツ製の「オリンピア・ポータブル」という
古いタイプライターだ。
16歳のとき、40ドルで購入したという。

アイデアを書き殴ったノートの切れ端や
メモをファイルにとっておき、
引き出しに放り込んでおく。
そして、それが溜まると、
彼はその古い愛用のタイプライターに向かい
脚本の執筆を始める。

16歳のウディ・アレン少年はこのタイプライターを買うときに、
販売員の店主にどのくらいこれは丈夫かと訊ねたという。
「少なくとも、あんたが死ぬまでは壊れないだろうね」

その店員の答えを聞き、彼は購入を決めた。

あの日から60年以上が過ぎた今でも、
彼はこのタイプライターで
脚本を書き続けている。

こだわりを持って生きると
自然と愛用品ができるものだ。

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廣瀬大 15年10月11日放送

151011-08
abby chicken photography
ウディ・アレンに関するいくつかのこと。

映画監督ウディ・アレンの映画に登場する
主人公たちは常に人生に対する不安に
さいなまれている。

「宇宙が膨張して破裂したらすべておしまい!」
「アニー・ホール」など多くの作品で
繰り返される悲観的なセリフ。

人生はひどいことばかりで、不条理の連続。
かつ無意味で、ほとんどが運次第である。
そんなニヒリスティックな人生観が
彼の映画の根底には流れている。

決して消えることのない不安を抱えたまま
それでも彼の作品に登場する主人公たちは
立ち直り、生きていく。

不思議と映画を観たあと、
観客は前向きな気持ちになっていることに気づく。

彼の主人公たちを救うのは
不断の努力でも、強い意志でもなく、
ましてや冒険へと旅立つ勇気と行動力などでもない。
魅力的な女性への恋と愛と、
そしてほんの少しのユーモアである。

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