大友美有紀 16年3月6日放送
「菊池寛への言葉」林芙美子
3月6日、今日は文豪・菊池寛の命日。
葬儀の、最後の弔辞は林芙美子だった。
「放浪記」で知られた作家。このとき43歳。
黒いスーツに白の真珠のネックレス。
菊池寛氏の霊にさゝげて
自然がからかっていないことだけはたしかだ。
かすかな霧の中に轟き落ちていく一つの宿命、
音もやんだ。誰もいない。
眼にはみえない凄じい永ごうの安息、あゝ妙な事だ。
思ひ出の中の無数の火把(たいまつ)のほてり
歳月の靄の中にかすかにそよぐ不朽の虹、
あゝまたその虹の向ふから、
馴々しくあきらめがやって来る。
全く妙な事だ。淼淼(びょうびょう)たる人生歌、
やがて壁の中にも、小さな集会の中にも
時々の負の中にもその火把(たいまつ)が
あたゝかくかげりゆらめく
美しい声であった。優しい声であった。
弔辞が終わっても皆しばらくその姿勢のままであった。