雨傘
ノーベル文学賞作家、
川端康成が、ライフワークとして
若い頃から書き続けた
短編よりもさらに短い
作品集「掌(たなごころ)の小説」。
その中に「雨傘」という物語がある。
遠く離れて二度と会えなくなる少年と少女が、
写真館に思い出の写真を撮りに行く
それだけのごく短い話なのだが、
天気が変わるように
二人の関係が
ほんの少しだけ移り変わる瞬間を
雨傘という小道具が
美しく演出した名作である。
ぜひ雨の日に、
大切な人と読んでほしい。
雨傘
ノーベル文学賞作家、
川端康成が、ライフワークとして
若い頃から書き続けた
短編よりもさらに短い
作品集「掌(たなごころ)の小説」。
その中に「雨傘」という物語がある。
遠く離れて二度と会えなくなる少年と少女が、
写真館に思い出の写真を撮りに行く
それだけのごく短い話なのだが、
天気が変わるように
二人の関係が
ほんの少しだけ移り変わる瞬間を
雨傘という小道具が
美しく演出した名作である。
ぜひ雨の日に、
大切な人と読んでほしい。
世界を変えた線
黒くどんよりとした空。
突然の夕立に、橋の上を急ぐ人々。
画面全体には雨が
複数の長い斜線となって描写されている。
歌川広重作「大はしあたけの夕立」。
この木版画は、遠くヨーロッパの美術界に
大きな衝撃を与えた。
西洋では雨の描写は
これまでほどんどなかったこともあり、
広重の描いた雨の描写方法は、
西洋の画家たちにとって革命的だった。
かのゴッホも夢中でこの版画を模写し、
印象派画家達の間で広がった
ジャポニズムの流行を生み出すきっかけとなった。
日本で生まれた線が、
遠くヨーロッパの美術を大きく変えたのだ。
雨の演技
映画監督にとって、
雨に演技をさせるのも仕事の一つだ。
黒澤明は、
1950年公開の「羅生門」で土砂降りの雨を
モノクロフィルムに焼き付けるため、
墨汁を混ぜた水を放水車で降らせた。
重々しさのある雨の雫は、
誰ひとり信用できない、
という人間心理の底知れぬ不安を
見事に浮かび上がらせた。
その2年後に
カラー映画で公開されたのが「雨に唄えば」。
土砂降りの雨の中、監督も務めたジーン・ケリーが
幸せそうに踊る名シーンは
天国のように美しいと評された。
この雨に混ぜられていたのは真っ白なミルクだった。
黒と白の二つの雨。
どちらも今なお世界中の人々に愛されてやまない、
映画史に残る傑作を彩った。
五月雨あつめて
五月雨を あつめて早し 最上川
松尾芭蕉、奥の細道の中でも有名なこの俳句。
元々は
五月雨を あつめて涼し 最上川
だったという。
初夏、最上川からの涼しい風が心地よい。
そんな優美な俳句が一変、
水流の激しさを歌うようになったのは、
芭蕉が最上川で、川下りを体験したからだという。
百聞は一見にしかず。
そして、見るよりも体験は強い。
体を使って学んだことは、
何事にも変えがたいのだ。
この夏、あなたは何を体験しに行きますか。
雨が降れば
柿本人麻呂歌集にこんな歌がある。
鳴る神の 少し響(とよ)みて さし曇り
雨も降らぬか 君を留(とど)めむ
意味は、
雷が鳴って、曇って、雨が降ってくれたらいいのに。
もう少しあなたと一緒にいたいから。
愛しい人と離れたくない。
そんな気持ちがよく伝わる愛の歌。
この歌への返事も、また美しい。
鳴る神の 少し響(とよ)みて 降らずとも
我(わ)は留まらむ 妹(いも)し留(とど)めば
意味は、
雷が鳴らなくても、雨が降らなくても、
あなたが一緒にいたいというなら、
私は帰りませんよ。
お互いへの愛が
恥ずかしいほどに伝わって来る。
雨の降る日。
あなたは誰と一緒にいたいですか。
確率の話
「東京の降水確率は90%です」
梅雨時、毎日の様に降る雨に
心がどんよりとする人も多いかもしれない。
降水確率の様に、
天気予報にも使われる「確率」だが、
実は学問として比較的新しい。
数学が2000年以上前に
生まれたものであるのに対し、
確率という概念の歴史は
わずか300年程度なのだ。
その起源は、
ギャンブラーであるシュバリエ・ド・メレが、
賭博に関する疑問を
友人である数学者パスカルに伝えたことから
始まったという。
ギャンブルからはじまった確率だが、
今では人の暮らしを支えるものとして
大いに活用されている。
Phototravelography
レゲエの神様と雨
レゲエの神様、ボブ・マーリー。
生まれ育ったジャマイカには、
年に数ヶ月の雨季が訪れる。
ハリケーンが多いことでも有名な土地である。
ミュージシャンにとって
雨は歓迎すべきものではない。
特に野外ライブなどにとっては、大敵である。
しかし、ボブ・マーリーは、
雨そのものを疎まない。
雨を感じられる人間もいるし、
ただ濡れるだけの奴らもいる。
(Some people feel the rain. Others just get wet.)
森羅万象に研ぎ澄まされた目を向ける。
そんな心の豊かさが、
「神様」とまで崇められる、
一つの理由なのかもしれない。
チャップリンと雨
チャーリー・チャップリン。
「喜劇王」と呼ばれた男の幼少期は、
辛く、厳しいものであった。
非常に貧しい家庭に生まれ、
わずか7歳にして救貧院に預けられる。
幾つもの救貧院を転々とする間に、
母は心の病を患い、精神病院へと運ばれてしまう。
人前では明るく振る舞いながら、
ただ一人、悲しみに耐えていた。
いつでも雨の中を歩くのが好きでした、
雨の中なら誰も僕の涙は見えません。
チャップリンらしい「ユーモア」や、
時折現れる、「哀愁」や「怒り」。
そのすべての秘密は、幼少期の体験にあるのだろう。
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