2020 年 4 月 18 日 のアーカイブ

川野康之 20年4月18日放送



オランダに目覚めた男たち

その頃江戸にオランダに目覚めた男たちがいた。
彼らは、長崎からオランダ商館員一行が来ると、
宿である日本橋の長崎屋におしかけて行き、
通詞をつかまえて質問攻めにした。

平賀源内を始め江戸中の洋学研究者が集まった。
その中に杉田玄白や中川淳庵など若い医師がいた。
中津藩の藩医前野良沢は四十を過ぎていたが
新知識を求める気持ちは同じだった。
オランダ語を理解して自由に読めるようになりたいと思っていた。

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川野康之 20年4月18日放送



オランダに目覚めた男たち

「オランダの文字はわれら異国のものにも読めるであろうか」
通詞に問うと
「無理です。おやめなさい」
素っ気ない返事が返ってきた。
オランダ語とはそんなにむずかしいものなのか。
それを聞いて杉田玄白はもうあきらめかけた。
平賀源内の言うように言葉など通詞を使えばいいという考え方もある。
しかし前野良沢は納得できなかった。
「オランダ人といえども同じ人間ではないか。
人間の言葉がわからないはずがないではないか」

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川野康之 20年4月18日放送



オランダに目覚めた男たち

「長崎に行きたい」
前野良沢は決意して、46歳で長崎留学に旅立った。
通詞のもとで、単語を一つ一つ教わっては紙に書き留めた。
「肺はロング、心臓はハルト・・・」
だがあまりの難行に、目の前が真っ暗になった。
留学期間が終わる頃、一冊のオランダの本と出会った。
中には膨大な横文字が並んでいてとても理解できそうにない。
しかしページをひるがえしていると、鮮やかな人体の絵が現れた。
自信にあふれた精緻な絵を見ているうち、
良沢は何としてもこの本「ターヘル・アナトミア」を手に入れたいと思った。

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川野康之 20年4月18日放送



オランダに目覚めた男たち

江戸の長崎屋で、杉田玄白は、
偶然にも前野良沢が買ったのと同じ本「ターヘル・アナトミア」を
目の前に置いていた。

玄白はオランダ語そのものよりも
オランダ医学の修得に興味があった。
書かれているオランダ語は一語も理解できない。
しかし彼の目はその本の中にある解剖図に釘付けになっていた。
今まで見てきた中国の医学書にある五臓六腑の絵とまったく違うのだ。
この絵は実際に人体をスケッチしたものに違いない、
と医師のカンで見抜いた。
新しい医学はここから出発するのだ、
しなければならない、と玄白は思った。

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川野康之 20年4月18日放送



オランダに目覚めた男たち

念願の機会がやってきた。
前夜前野良沢は一睡もできず、暗い内に家を出た。
夜が明けた頃、杉田玄白、中川淳庵らと落ち合った。
誰もが興奮していた。
良沢と玄白はそれぞれのふところから
ターヘル・アナトミアを取り出した。
ここに描かれた絵が正しいか、
これから実際に自分の目で確かめることができるのである。

腑分けを見学した帰り道。
「いかがでござろう」
玄白が足をとめた。
3人は顔を見合わせて決意した。
ターヘル・アナトミアを我が国の言葉に翻訳してみようと。
1771年の今日、4月18日のことである。

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