2020 年 4 月 のアーカイブ

大友美有紀 20年4月5日放送



イースター島  ヤコブ・ロッフェーヘン

1722年の今日、4月5日、
オランダの提督、ヤコブ・ロッフェーヘンは、
南太平洋の孤島にたどり着きます。
その日は、キリスト教のイースターの日曜日。
彼は孤島を「イースター島」と名付けました。
ロッフェーヘンは、島に大きな像があるのに驚き、
あんな大きな石像を運べるはずがない、
粘土でできているに違いないと考えたそうです。

謎多きモアイ像がたたずむ
謎多きイースター島。
一度は訪れたい絶海の孤島です。

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大友美有紀 20年4月5日放送


Arian Zwegers
イースター島  ラノ・ララク

今日はイースター島が発見された日。
南太平洋ポリネシアの東端にあるイースター島は
小豆島ぐらいの大きさの火山島だが
島の南東部に位置するラノ・ララク火山は
加工しやすい火山岩が採れるため
モアイ像の製造工場と言われています。

ラノ・ララクには約400体ものモアイ像が残されていて、
なかには作りかけのものもあります。
例えば巨人の子どもがモアイ像を作っている最中に
「ごはんだよ」と呼ばれて、放り出して行ってしまったかのように
無造作に置かれています。

モアイは、宇宙人が作ったという説もあります。
それほどに人智を超えた存在です。

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大友美有紀 20年4月5日放送



イースター島  歩くモアイ像

今日はイースター島が発見された日。
謎の巨大石像、モアイで有名な島。
モアイは海の近くに立っているものが多いのですが、
採掘場と言われるラノ・ララク火山から、モアイ像が立つ場所まで
近くて数キロ、遠いところは20キロ以上離れています。
どうやって運んだのでしょう。

木造のソリに乗せて運んだ。
丸太を何本も並べて、コロの原理で運んだ。
逆V字の木に吊り下げて運んだ。
イースター島を訪れたヨーロッパ人たちは、
巨大な石像の運び方を考えずにはいられませんでした。
島民の間では「自分で歩いて行った」と言い伝えられています。

それを実証するために、
アメリカのカール・リポ教授チームは、
モアイを歩かせる実験をしました。
3方にロープをかけ、左右から代わる代わる引っ張るのです。
すると、モアイ像は横に揺れながら、ゆっくりと前に進んでいきます。
その様子は動画でも見ることができます。
ゆらーり、ゆらーり。確かに歩いているかのようです。

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大友美有紀 20年4月5日放送


Marcio Cabral de Moura
イースター島  ヘイエルダール

今日はイースター島・モアイ像の島が発見された日。
モアイは、アフという台座に立っています。
数メートルの高さのあるアフ。
どうやって乗せたのでしょう。
文化人類学者ヘイエルダールが実証しました。
アフにモアイをうつ伏せで乗せ、
後ろから縄で引き上げ、隙間に小石を詰める。
いっぱいになったら、また引き上げて小石を詰める。
これを繰り返し、ついにモアイは立ち上がりました。

アケナケ・ビーチで見ることができます。

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大友美有紀 20年4月5日放送


Bjørn Christian Tørrissen
イースター島  モアイの眼

今日はイースター島が発見された日。
モアイ像で有名な島。
モアイには「眼」があるのを知っていますか。

1978年、モアイを修復中の考古学者チームが、
砂の中からあるものを発見しました。
赤い凝灰岩(ぎょうかいがん)と白サンゴを
組み合わせたもの。
それをモアイの眼の部分にはめてみると、
ぴったりとおさまりました。

それこそがモアイの眼。
ただ、「眼」が見つかったのは、ごく一部のモアイだけ。
きっと、特別な儀式の時だけ「眼」を装着したのでしょう。
どんな儀式か、今では知るすべもありませんけれど。

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大友美有紀 20年4月5日放送


Dan Lundberg
イースター島  日本人が立てたモアイ

今日はイースター島が発見された日。
謎の巨大石像、モアイの島。
モアイ像のことをテレビ番組で知った、
という人も多いでしょう。

1988年、当時の知事で考古学者でもある
セルヒオ・ラプが日本のテレビ番組に出演。
クレーンがあれば、倒れたモアイ像を復元することができるのに、
と語りました。
それを見ていた日本のクレーン会社の社員が、
自社のクレーンで立ててあげたいと考えたのです。
そこからプロジェクトが発足。
モアイの吊り上げ方法の模索、
クレーンの搬入方法の検討、
考古学的手続きの必要性。
さまざまな課題を乗り越え、
1995年、15体のモアイが復元され見事に立ち上がったのです。

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大友美有紀 20年4月5日放送


TravelingOtter
イースター島  プカオ

今日はイースター島が発見された日。
モアイ像には、プカオと呼ばれる
赤い帽子のようなものが乗せられていたとされます。

17世紀にイースター島を訪れた西洋人は、
島の男性が「髷」を結っていたと記録しています。
かつて高貴な人々は神や王から霊力を賜るために
髪を切ることが許されずに髷を結っていたともいいます。
赤い凝灰岩を円柱形に掘り出しだしたプカオ。
モアイ像が高貴で特別な存在であることの
証のようです。

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大友美有紀 20年4月5日放送


Sheep”R”Us
イースター島  鳥人儀礼

今日はイースター島が発見された日。
島には「鳥人儀礼」も伝えられています。
春、島の最南端沖の小さな岩場に、
渡り鳥が飛来します。
その最初の卵を持ち帰った者は、
神の化身になれるのです。
岩場まで、絶壁をくだり1.5キロほど泳ぐ危険な儀式。

絶海の孤島の住人には、自由に羽ばたく鳥は、
神のごとく思えたのかもしれません。

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佐藤延夫 20年4月4日放送



時間とは  アウグスティヌスの言葉

ローマ帝国の神学者、アウグスティヌスは云った。

 時間とはなんであるか。
 誰も私にそれを問わなければ、私は知っている。
 しかし、誰か問う者に説明しようと思うと、私は知らないのである。

当時は、昼夜の1時間の長さが季節によって変化する不定時法だった。

時は流れ、1950年代。
人は時計の性能を追い求め、
英国海軍のクルーにより耐久性のテストが行われた。
マイナス66.1度、犬ぞりで氷の上を移動するなど過酷な条件だったが、
チューダーの腕時計、オイスター プリンスは正しい時を刻み続けた。

曖昧だった時間が、少しだけクリアになった。

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佐藤延夫 20年4月4日放送



時間とは  時の詩

イギリスの詩人、
ウイリアム・ブレイクは、こんな言葉を残した。

 砂ひと粒に世界を見る
 花ひとつに天界を見る
 君の手のひらの中に無限を捉え
 一時の間に永遠を捉える

1950年代、
時計の性能を競い合った時代。
スイスの腕時計メーカー、チューダーによる耐久性のテストが、
過酷な条件のもとで行われた。

252時間、手作業で採掘を行う炭鉱作業員が着用する。

それでも腕時計は単位を乱すことなく、正しい時を刻み続けた。

少しだけ、永遠が見えた。

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