古居利康 12年10月14日放送
もうひとりのわたし 渡辺昇の場合
渡辺昇は、「安西水丸」になる以前、
絵本を一冊出している。
渡辺昇著、『夏の終わり−少女』。
1969年、限定300部、自費出版。
「安西水丸」の本名、渡辺昇は、
村上春樹の、1985年以降の小説の中で
本人とは別の世界を生きていく。
『ファミリーアフェア』という短編では、
主人公の妹の婚約者。
『双子と沈んだ大陸』では、翻訳会社の共同経営者。
『象の消滅』では、動物園の象の飼育係。
『ねじまき鳥と火曜日の女たち』では、
猫の名前であり、妻の兄の名前でもあった。
どう考えても同一人物ではない、
カタカナの「ワタナベノボル」。
あたかも「渡辺昇」という俳優が、
いろんな役柄を演じるように登場した。
『「ワタナベノボル」という名前には、
普通じゃないものを感じる。』
『村上朝日堂』や『夜のくもざる』といった仕事で
コンビを組むことの多い安西水丸に、
村上春樹はそう語ったという。
その後、「ワタナベノボル」は、
『ノルウェイの森』においては
「ワタナベトオル」に変化し、
『ねじまき鳥クロニクル』においては
「ワタヤノボル」に変貌し、
村上春樹における「ワタナベノボル」時代の
終焉を告げている。