三國菜恵 12年10月21日放送
おいしいはなし / 向田邦子
子どものころは外食がごちそうだった。
けれど、大人になってみると、
実家の母の味が恋しくなるもの。
作家・向田邦子もそうだった。
コマ切れ肉の入った、うどん粉で固めたような母のカレー。
「いままでで一番美味しかったもの」を思いだすときは
いつも、このカレーが浮かぶと言っていた。
けれど、向田は
大人になってから「あのときのカレー、つくって」と
母にねだるようなことはしなかった。
そこには、こんな思いがあった。
思い出はあまりムキになって確かめないほうがいい。
何十年もかかって、懐かしさと期待で大きくふくらませた風船を、
自分の手でパチンと割ってしまうのは勿体ないのではないか。