澁江俊一 15年3月8日放送
戦場の怒り
今日は、漫画家水木しげるの誕生日。
水木しげるが最も思い入れがあると語る作品は
妖怪ではなく、戦時中の人間を描いた
「総員玉砕せよ!」である。
妖怪漫画家として世に出るはるか前、
若き日の水木しげるは、
兵隊として南太平洋にいた。
毎日、徹底的な鉄拳制裁をくらい、
ついたあだ名は「ビンタの王様」。
昭和19年の春、ゲリラ兵の襲撃で
見張りに立っていた水木を残して
分隊の仲間たちが全滅した。
ふんどし一丁でジャングルをさまよい
命からがら部隊に戻ると、
「なぜ死ななかったのか」と上官に激しく責められた。
さらにマラリアを発症し、爆撃で左腕を失う。
あまりにも簡単に人が死んでゆく。
今では考えられないような
理不尽な苦しみが次から次へとやってきた。
ぼくは戦記物を描くと
わけのわからない怒りがこみ上げてきて仕方がない。
多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う。
あらゆる人間を壊していく戦場で、
それでも水木は目をそらさず、すべてを見ていた。
見えない妖怪を見つめる眼差しも、
その時に養われていたのだ。