八木田杏子 10年07月18日放送
作家の言葉 「唯川恵」
生き方を選べるようになって、
女性は迷うようになった。
唯川恵は、そんな女性たちへの想いを
小説「永遠の途中」にこめている。
結婚して仕事をやめた薫と、結婚せずに仕事をつづける乃梨子。
ふたりの主人公は、お互いを比べながら
競い合うようにして生きる。
そして60歳になると、こんな言葉を口にする。
自分のもうひとつの人生を勝手に想像して、
それに嫉妬してしまうのね。
いつも生きてない方の人生に負けたような気になっていたの。
人生はひとつしか生きられないのに。
どんな選択をするかよりも、
選んだ答えを信じて生きぬくことのほうが
大切なのかもしれない。
作家の言葉 「伊坂幸太郎」
伊坂幸太郎の小説には
隠されたメッセージがある。
著書「モダンタイムス」に登場する
井坂好太郎という小説家。
その自虐的につくられたキャラクターは
死に際に、作家としての苦悩を吐露する。
「お前の本は売れただろう」と言われると、こう答える。
薄っぺらいからな。読みやすいから、誰でも読めるんだよ。
そして、たどたどしく、言葉をつづける。
俺が小説を書いても世界は変わらない。
今までだって、分かってくれた奴いなかったんだよ。
ジェットコースターのようなストーリー展開にのせられて
あっという間に読み終えてしまうこの一冊を
もういちど、ていねいに読み返してみると、
たった一人でも伝わればいいと願いをこめた言葉が
見つかる。
アスリートの言葉
蝶のように舞い、蜂のように刺す
モハメド・アリの闘い方は、そう呼ばれていた。
力任せに殴り合う大男たちに、
華麗なフットワークと、鋭い左ジャブで切りこんでいく。
1960年。18歳のアリは、
ローマオリンピックで金メダルをとる。
それでも黒人差別が変わらない現実を嘆いて、
金メダルを川に投げ捨てる。
1967年。25歳のアリは、
ベトナム戦争の徴兵を拒否。
ボクシングライセンスとヘビー級タイトルを剥奪される。
3年7カ月のブランクを経て、実力で王座に返り咲く彼に
声援をおくったのは、ボクシングファンだけではなかった。
差別や戦争とも闘いつづけた、モハメド・アリ。
モハメド・アリは、
ヘビー級ボクシングの闘い方を一変させると同時に
アスリートのあり方も変えていったのだ。
ハプスブルグ家の言葉
約6世紀にわたって、
ヨーロッパで権勢を誇ったハプスブルグ家。
オーストリア、スペイン、ハンガリー、神聖ローマ帝国などの
皇帝・国王をうんだ名門王家は、血を流さずに闘う。
ハプスブルグ家には、こんな言葉が伝わっている。
戦争は他国に任せておけ。
オーストリアよ、汝は幸せな結婚をするがよい。
政略結婚があたりまえだった王侯貴族。
そのなかでもハプスブルグ家は、
夫婦仲が良く子宝に恵まれことが多かった。
領土争いが過酷なヨーロッパでは
戦争が上手い国より、戦争をしない国が繁栄する。
どんな戦略も、幸せな結婚にはかなわない。
哲学者の言葉
ヨーロッパ最初の哲学者タレスは、こんな言葉を残した。
万物の原理は水である。
その意味を解読しようと頭を悩ませる私たちに
哲学者竹田青嗣(せいじ)は、まず言葉との向き合い方を教えてくれる。
言葉というものは世界の全体や起源を
言い尽くせないようにできている。
たとえ哲学者であっても、
自分が感じたこと全てを、言葉で表現することはできない。
だから言葉は、言葉どおりに受けとめてはいけないのだ。
では、哲学者の言葉をどう扱えばいいのか。
「万物の原理は水である」という言葉には、
タレスの世界への直感がこめられていたはずだ。
哲学者が言葉でたぐりよせようとした直感に、想いを馳せてみる。
そうすると、言葉をきっかけにして、哲学の世界が広がっていく。
おなじように。
恋人、上司、親からもらう言葉も
言葉どおりに受け止めずに、その言葉にこめられた気持ちを考えてみる。
理解するとは、きっとそういうこと。
子どもの言葉
人生に必要な知恵はすべて
幼稚園の砂場で学んだ。
そんなタイトルの本が、ベストセラーになった。
人として生きるために大切なことを、
私たちは5歳までに学んでいたらしい。
何でもみんなで分け合うこと。
ずるをしないこと。
人のものに手を出さないこと。
誰かを傷つけたらごめんなさい、と言うこと。
すべての大人がこれを守ることができたら。
環境問題も、国際問題も、人権問題も
なくなっていたかもしれないのに。
残念ながら、私たちは
オトナになると言い訳を学んでしまうのだ。
名人の言葉
個性とは、つくるものではなくて、
ふとしたときに、出てしまうもの。
名人・羽生善治は、
将棋の話をしながら人生を語る。
将棋は、まず定跡で打ちます。
答えがないとか、答えがわからない場面、
混沌とした場面のときに何を選ぶかで、
自分の持っているものを出せる。
思いがけないトラブル、先が読めない苦しみ、
それをどう乗りこえるかが、個性になる。
混沌からうまれた自分だけの一手は、
定跡をこえていく。
仕事にも、恋愛にも、あてはまりそうだ。
研究者の言葉
多数決をとったとき、
自分とおなじ意見が多いと、それだけで安心する。
賛成の多い意見が正しいとは限らないのに、
多数は強気になりやすい。
日本人初のノーベル賞受賞者湯川秀樹に
こんな言葉がある。
真実は、いつも少数派
わかってもらえなくて、笑われるかもしれない。
間違いだったと証明されて、恥をかくかもしれない。
そんな不安に足をとられずに、
少数派にまわっても信じることを貫く人が、
真実を塗りかえていく。