厚焼玉子(事務局・中山佐知子)

厚焼玉子 16年6月11日放送

160611-03
tanakawho
花と遊ぶ オシロイバナ

オシロイバナは夕暮れに咲く。
夕暮れに咲いて
朝には萎んでしまうひと晩だけの花だ。

道端にこの花がたくさん咲いていた頃、
子供たちは花の付け根を引っ張って落下傘をつくり
風に飛ばして遊んだ。

オシロイバナは甘い香りがする。
種を割ると出て来る白い粉を
白粉にしてお化粧ごっこをすることもあった。

オシロイバナの別名は夕化粧。
お化粧に興味を持ちはじめた少女にとっては
ちょっと悩ましい花だったかもしれない。

  おしろいの花ぬってみる娘かな  小林一茶

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厚焼玉子 16年6月11日放送

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qooh
花と遊ぶ ホオズキ

赤いホオズキの実は知っていても
ホオズキの白い花を知る人は少ない。

花の時期はちょうどいま。
花が終わり、実を結び、
その実が赤くなるのが8月の旧盆のころなので
死者の霊魂を導く提灯に見立てられた。

そのお供えのホオズキをもらって
種を掻き出して口に含み
ギュウギュウと鳴らすのは
昔の子供たちの遊びだった。

 鬼灯はまことしやかに赤らみぬ  高浜虚子

俳句の世界でホオズキは秋の季語、
ホオズキの花は夏の季語だ。

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厚焼玉子 16年3月26日放送

160326-01
T.Kiya
春の花 タンポポ

タンポポについて柳田邦男は語る。

 多くの野の草が稚子(おさなご)を名付親にしていたことを知って、
 始めてタンポポという言葉の起りが察せられる。
 タンポポはもと鼓を意味する小児語であった。

タンポポが鼓に似ていると納得するには
さらに昔の子供の遊びを知る必要がある。
タンポポの茎に切れ目を入れて水に浸けると
くるくる丸まって鼓の形になるのだ。

待ちかねた春、
暖かい陽を浴びて、子供たちは野の花と遊んだ。
タンポポ、タンポ、タータンポ、チャンポポ
タンポポの方言の多さを見ると
タンポポがどれだけ身近な花だったかがわかる。

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厚焼玉子 16年3月26日放送

160326-02

春の花 菜の花

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

山村暮鳥(山村墓超)の「風景」という詩は
「いちめんのなのはな」という言葉が
まるで呪文のように繰り返される・

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな

そして、その言葉を唱えるだけで
黄色い風景が浮かぶのだ。

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな

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厚焼玉子 16年3月26日放送

160326-03
AK
春の花 レンゲ

昔、レンゲ畑はどこにでもあった。
田植え前の田んぼの土を肥やすために
農家が種を蒔いたのだ。

レンゲは牛の餌にもなったし、
蜂の巣箱を置くとおいしい蜜が取れた。

ふるさとからレンゲ畑が消えつつあった1984年、
日本レンゲの会が発足した。
この会の顧問を長く務めた信州大学の玉井袈裟男教授は
「春の野に再びレンゲを」という目標を掲げ
レンゲだけを肥料にした米作りをはじめた。
玉井教授の詩の一節に
彼が理想とする豊かな日本の風土が描かれている。

 風は軽く涼やかに
 土は重く温かく

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厚焼玉子 16年3月26日放送

160326-04

春の花 すみれ

春の野に すみれ摘みにとこし割れぞ のを懐かしみ 一夜寝にける。
山部赤人

ふるさとと 荒れゆく庭のつぼすみれ ただこれのみや 春を知るらん
藤原定家

山路きて なにやらゆかし すみれ草
松尾芭蕉

下草に 菫咲くなり 小松原
正岡子規

桃すもも 籠にすみれと我が歌と つみつつゆかむ 春を美しみ
萩原朔太郎

1000年以上も昔から、スミレは歌われてきた。
1000年先も、歌われていることを祈りたい。

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厚焼玉子 16年3月26日放送

160326-05
ktsugita
春の花 ナヅナ

ナヅナ。
別名はペンペン草、または三味線草。
種が三味線の撥に似ているからそう呼ばれる。

春の七草のひとつに数えられ、
昔は貴重な冬の野菜だったこともあるらしい。
食用にするのは、寒い時期の葉っぱ、
春先の柔らかい茎、
暖かくなってトウが立地、白い花をつけると
今度はその花がおいしい。

草野心平の「春」という詩には
「おつけのおかずに なづなをつみ土筆をつみ」という
一節がある。
土筆の頃だから、葉ではなく花を摘んでいるのだろうか。

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厚焼玉子 16年3月19日放送

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Jeff.C
もう会えないひと。 夏目漱石

日陰町というから、いまの新橋あたりだった。
夏目漱石は人力車に乗った美しい人を目にする。
雨のなか、漱石はその人から目を離すことができずに
見惚れていると
その人はすれ違うときに丁寧な会釈をした。

ああ、大塚楠緒子(おおつかくすおこ)さんだ。  

漱石はそのとき初めて、
その美しい人が、かつての失恋の相手であり
大学時代からの友人、大塚保治の妻になっている
大塚楠緒子と気づく。

その人が若くして亡くなったとき
漱石はこんな句でその死を悼んでいる。

 あるほどの 菊投げ入れよ 棺の中

漱石の永遠のマドンナだった大塚楠緒子。
失恋と死別、二度の悲しみを漱石に与えた。

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厚焼玉子 15年9月26日放送

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European Southern Observatory
宇宙月間1 文字

「宇宙」と漢字で書いてみる。
そのとき「宇」の字は空間をあらわし
「宙」の字は時間をあらわす。
日本語の宇宙は時間と空間のすべてという意味だ。

一方、英語のユニバース。
この語源をたどると、
回転してひとつになったものを意味するラテン語に行き着くそうだ。
ユニバースは広い意味を持ち、金融の世界でも使われるし
共同体と解釈すれば
総合大学をユニバーシティと呼ぶのもうなづける。

ユニバース、ユニヴェール、
コスモス、コスモ、ピンイン(中国語)
宇宙の呼びかたには、その国の宇宙観が漂っている。

9月は宇宙の月

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厚焼玉子 15年9月26日放送

150926-02
Ben K Adams
宇宙月間2

古代日本人が考えていた宇宙をまとめると
こんな風になる。

海を進んでも陸を進んでもやがて天の壁に突き当たる。
壁はドームのように空をも覆っている。
その壁に空いた穴が星であり、
北極星は天の神々の出入り口だった。
また海には天とつながる島があるとも考えられていた。

丹後の国の風土記に描かれた浦島伝説では、
助けた亀とともに舟に乗り、ある島に下り立ち
昴やあめふり星の子供たちに出会う。

浦島太郎は日本で最初に宇宙旅行をしたのだ。

9月は宇宙の月

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