蛭田瑞穂

蛭田瑞穂 16年7月24日放送

160724-08

文(ふみ) 夏目漱石『こころ』

夏目漱石晩年の名作『こころ』。

 わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。
 だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。

小説の前半は、鎌倉の海岸で出会った “先生”の姿が
先生の不思議な魅力にとりつかれた学生の目を通して描かれる。

後半は先生の謎に包まれた過去と内面が、
先生からの手紙という形式で語られ、明らかになる

対照的なふたつの文体により、人間の奥底に潜むエゴイズムと、
人間としての倫理観との葛藤が見事に表現される。

今月は文月。
手紙が鍵となる小説を読んでみてはいかがですか。

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森由里佳 16年5月22日放送

160522-01
Tournachon
東京 東京會舘マロンシャンテリー

モンブラン。

そう聞いてイメージするのはきっと、
細くしぼられたマロンクリームが幾重にもかかった、
栗色のケーキではないだろうか。

94年の歴史を誇る東京會舘には、一味ちがうそれがある。
初代製菓長の勝目清鷹が、本場のモンブランをもとにアレンジした
「マロンシャンテリー」だ。

アルプスの頂にかがやく新雪のように
まっしろで上品な出で立ちに、
多くの人々が甘いため息をこぼしてきた。

そう。目に飛び込んでくるのはマロンクリームではなく、
美しく飾られたまっしろな生クリームなのだ。

モンブランはフランス語で、白い山。
まっしろな「マロンシャンテリー」は、
東京會舘にそびえる不動のレシピだ。

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森由里佳 16年5月22日放送

160522-02

東京 東京會舘メインバー

かのマッカーサー元帥も、
たまには昼から飲みたい!
と思うことがあったようだ。

戦後、GHQに接収された東京會舘で、
そんな将校たちのためにバーテンダーが気を利かせて作ったカクテルがある。

今なお東京會舘メインバーの名物として楽しめるそのカクテルは、
ジンフィズにミルクを加えた「會舘風ジンフィズ」。

ただのミルクにも見える白い飲み物は、
太陽の下でこっそりとお酒を楽しむのにちょうどよく、
異国で働く将校たちの緊張をやさしく癒したことだろう。

東京會舘メインバー。
日本のバーの歴史を語るに欠かせない場所は、
その名の通り、
日本の歴史においてもかなめ役であったのかもしれない。

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森由里佳 16年5月22日放送

160522-03

東京 東京會舘イル・ド・フランス

1964年、東京五輪の年。

東京を訪れる人々に本物のフレンチを広めようと考えたフランス政府は、
食材、壁紙、シャンデリアまで全て本場から輸入して、
わずか3か月だけの期間限定レストランをひらいた。

選ばれた場所は、東京會舘。

腕を振るったレイモン・オリヴェは
「料理の魔術師」とも評される名シェフで、
東京會舘のシェフたちとそのレシピに大きな影響を与えた。

オリヴェ直伝のレシピは東京會舘でそっと受け継がれ、
閉店から50年以上経った今もなお、美食家たちの舌を愉しませている。

レストランの名は「イル・ド・フランス」。
パリを中心としたフランス文化発展の地の名前と同じである。

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佐藤日登美 16年5月22日放送

160522-04
ひでわく
東京 四月物語

岩井俊二の映画、「四月物語」。

松たか子演じる卯月は、北海道から上京し、東京の大学に進学する。
慣れない東京で始まる初めての一人暮らし。
引っ越しのお兄さんの手伝いをしようとして
逆に邪魔になってしまう、というシーンは、
上京を経験した人なら誰もが共感するのではないだろうか。

どきどきしながら、大学に向かったり。
街を探検するように、自転車をこいだり。
何も知らない土地を、少しずつ自分の空間にしていく卯月。

岩井俊二の描く東京は、
淡くて、もどかしくて、やさしい。

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佐藤日登美 16年5月22日放送

160522-051

東京 ロスト・イン・トランスレーション

ソフィア・コッポラの映画、「ロスト・イン・トランスレーション」。

サントリーウィスキーのCM出演のために来日した
落ち目の俳優、ボブ・ハリスと、
カメラマンである夫の撮影についてきたシャーロット。
そんな二人は東京で出会い、日常から逃れるように見知らぬ街に繰り出す。

ある日、ボブは二人で食べたしゃぶしゃぶランチの感想をこう述べる。
「客に料理させるなんて、最低のレストランだ。」

言葉が通じないゆえに発生する勘違い、戸惑い、そして驚き。
だからこそ、二人の距離は縮まってゆく。

ソフィア・コッポラの描く東京は、
雑多で、切なくて、少し滑稽だ。

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佐藤日登美 16年5月22日放送

160522-06
nanik0re
東京 銘菓ひよ子

東京土産に人気の銘菓、ひよ子。
なめらかなフォルムと、つんと出たくちばしが可愛らしい。
大正元年、店主・石坂茂の夢にひよこが出てきたことがきっかけで誕生したお菓子だ。
丸や四角のお饅頭が主流のなか、当時としては革新的であった。

実は福岡で生まれたひよ子だが、
東海道新幹線の開通を機に東京にも進出することとなった。

 「お菓子は生きものであり、味は無限である」

石坂の言葉の通り、丸いお饅頭はひよこへと形を変え、
日本全国で愛されるお菓子となった。

東京から旅立つときには、ひよ子もおともに連れていくのはいかがでしょうか。

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蛭田瑞穂 16年5月22日放送

160522-07

東京 東京駅

東京の玄関口、東京駅。
設計を手がけたのは建築家辰野金吾。

赤レンガを積み上げた中に、白い石を帯状に配置する美しいデザインは
ビクトリアン・ゴシックに影響を受けたもので、
辰野式建築として知られている。

建築と美について、辰野は弟子にこんな言葉を残している。

 およそ建築は一面において芸術であり、
 他面において構造を研究する学問である。
 構造の方は数理でおしていくから解決に難くないが、
 芸術方面は理屈ではいかぬから難しい。
 今日の建築の欠点は芸術方面が遅れていることである。
 諸君はこの点に注意せねばならぬ。

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蛭田瑞穂 16年5月22日放送

160522-08
Kakidai
東京 東京タワー

港区芝公園に立つ東京タワー。
東京スカイツリーができた今も
東京のシンボルの地位はゆるがない。

しかし、完成して間もない頃は、
「エッフェル塔の猿真似」と揶揄されることもあった。

そんな声に対して、設計者の内藤多仲はこう語ったという。

 ある人はエッフェル塔そっくりだという。
 これは人が人に似ていると言うようなもので
 一理ある見方とも言えます。
 しかし、タワーの美しさについて作為はありません。
 無駄のない安定したものを追求してできたもので、
 いわば数字のつくった美しさとでも言えましょう。

優れた数式が美しいように、優れた建築もまた美しい。

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森由里佳 16年4月10日放送

160410-01
Thalita Carvalho ϟ
ひらく 本の未来

ルリユールというフランス語をご存じだろうか。

ルが再び、リユールが糸で綴じる
という意味で、古くなった本を製本し直すという言葉だ。

ヨーロッパには今でも、
大切な本には職人の手で修復・製本・装丁が施され、
「世界に一冊だけの本」として、
親から子へと代々受け継がれるという伝統がある。

パリ17区の工房で働くルリユール職人のソフィー・クァンタンさんは、
「読書というより、本そのものが好きなの」と語る。

そう。
本の価値は、ひらいたページの中だけにあるのではない。
 
手軽に読むための電子書籍が席巻している今、
ルリユールという言葉がもつ尊い響きは、
本の未来を、再びひらいていくのではないだろうか。

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