蛭田瑞穂

蛭田瑞穂 14年11月9日放送

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お風呂⑦ 太宰治

昭和十四年、結婚したばかりの太宰治は
甲府の郊外に新居を借りた。

午後三時まで自宅で仕事をした後、
ほぼ毎日のように近所の共同浴場に通った。
風呂の後には湯豆腐を肴に地酒を飲むのが、
何よりも楽しみだったという。

 これまでの生涯を追想して、
 幽かにでも休養のゆとりを感じた一時期。

甲府での日々を太宰は後にそう回顧している。

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蛭田瑞穂 14年11月9日放送

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お風呂⑧ 川端康成

 私は高等学校の寮生活が、
 一、二年の間はひどく嫌だつた。(中略)
 私の幼年時代が残した精神の疾患ばかりが気になつて、
 自分を憐れむ念と自分を厭ふ念とに堪へられなかつた。
 それで伊豆へ行つた。

旧制一高の学生だった川端康成は精神の静養のため伊豆へ旅に出る。
旅の途中、湯ヶ島温泉での旅の踊子との出会いが、
後に小説『伊豆の踊子』誕生のきっかけとなるのは有名な話だ。

心が晴れない時は、温泉に行ってみよう。
日常とはちがう世界がそこにはある。

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飯國なつき 14年10月19日放送

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あの人の酒① 酒杉浦日向子の昼酒

江戸風俗研究家の杉浦日向子さん。
酒を愛した彼女の著書「ソバ屋で憩う」に、こんな一節がある。

 ソバ屋で憩う、昼酒の楽しみを知ってしまうと、
 すっかり暮れてから外で飲むのが淋しくなる。
 いまだ明るいうちに、ほろ酔いかげんで八百屋や総菜屋を巡って、
 翌日のめしの仕入れをしながら着く家路は、
 今日をたしかに過ごした張り合いがある。

一日をお酒で終わらせるのではなく、
昼酒の余韻を感じながら、買い物をぶらぶらと楽しむ。
粋を愛する、杉浦さんらしい飲み方だ。

たまには、きもちよく昼酒を楽しんでみませんか。

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飯國なつき 14年10月19日放送

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あの人の酒② ヘミングウェイの愛したダイキリ

作家の思索に触れたい時、
その人の愛した酒を飲むのも一興だ。

飲みっぷりのよい作家のひとり、へミングウェイ。 
原稿執筆中はしらふを守り抜いたが、
いざ仕事が片付くと街に繰り出し、心ゆくまで酒を飲んだ。
お気に入りの一杯は、ラム酒の量をダブルにし、
砂糖を抜いた特注のフローズン・ダイキリ。

人生のおよそ3分の1を過ごした灼熱の国、キューバでは
清涼なダイキリがよく合っただろう。

彼が通いつめたバー、「ラ・フロリディータ」では、
いまでも、件の酒を味わうことができる。

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飯國なつき 14年10月19日放送

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あの人の酒③ ブラジルの濃厚な酒、カイピリーニャ

世界を放浪する漫画家、ヤマザキマリ。

イタリア、エジプト、ポルトガル、アメリカ…
世界中を移り住む彼女が、ときどき無性に行きたくなる国は、
ブラジルだ。

ブラジルの暑い屋外で、日差しに照らされながら、
“カイピリーニャ”という、40度を超す酒をあおるのが、
最高だという。
魚介料理のムケッカをほおばりながらだと、
「何杯飲んでも酔っぱらわない」と、ヤマザキさんは語る。

その時の様子を描いたエッセイ漫画では、
ページから、ブラジルの熱気が濃厚に立ちのぼる。

陽気な国ブラジルは、酒までエネルギッシュなのだ。

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森由里佳 14年10月19日放送

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あの人の酒④ 田村隆一

詩人の田村隆一は、紅葉が美しい色をしているのは、
酒が染み込んでいるからだと考えた。

 どうして枯葉にはいろいろな色がついているのだろう
 葡萄酒の色、琥珀の色、モルトのゴールデン・メロンの色
 きっと風によっては飲む酒がちがうのかもしれない

田村の目には、
この色彩が完璧な美として映った。
それは、この詩のタイトルによく表れている。
「秋の黄金分割」。

酒と紅葉に酔いしれる、きもちのいい秋が来た。

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森由里佳 14年10月19日放送

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あの人の酒⑤ レイモンド・チャンドラー

酒を小道具に使わせたら右に出るものはいないと言われる作家、
レイモンド・チャンドラー。

「長いお別れ」「大いなる眠り」など彼の作品は、
作家の村上春樹を始め、今も世界中の人々に愛されている。

チャンドラーに、こんな言葉がある。

 良き物語はひねり出すものではない。蒸留により生み出されるものだ。

チャンドラーは、その物語のひとつひとつを、
ウイスキーのようにじっくりと熟成させ、数々の名作を生み出した。

酒と読書に酔いしれる、きもちのいい秋が来た。

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森由里佳 14年10月19日放送

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あの人の酒⑥ ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

言わずと知れた天才、
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。

彼は、こんな言葉を遺している。

 一杯のコーヒーはインスピレーションを与え、
 一杯のブランデーは苦悩を取り除く。

難聴など、苦悩の多かったベートーヴェン。
彼の名言「苦悩を突き抜ければ、歓喜に至る」は、あまりにも有名だ。

誰もが知る名曲、交響曲第九番” 歓喜の歌”の誕生には、
幾杯かのブランデーが、一役買っているかもしれない。

酒と音楽に酔いしれる、きもちのいい秋が来た。

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蛭田瑞穂 14年10月19日放送

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あの人の酒⑦ 秋刀魚の味

小津安二郎の映画「秋刀魚の味」。

映画のラスト、行きつけのバーに
ひとりで訪れた笠智衆はウイスキーを注文する。
「水割りにしますか?」と尋ねる店のママに
「いや、そのままでいい」。

それは娘の結婚式を見届けた夜だった。

 「今日はどちらのお帰り?お葬式ですか?」
 「うん、まあ、そんなもんだよ」

ウイスキーには飲む人の人生が溶け込む。
それがウイスキーの味をいっそう深くする。

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蛭田瑞穂 14年10月19日放送

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あの人の酒⑧ 八十日間世界一周

1956年に公開されたアメリカ映画
「八十日間世界一周」にこんな場面がある。

ロンドンの会員制クラブで朝刊を読む紳士の元に
スコッチウイスキーと氷が運ばれる。

グラスをテーブルに置き、「氷は?」と尋ねる給仕。
紳士は答える。
「氷?氷はけっこう。私は白熊かね?」

生粋の英国紳士はウイスキーを
ストレート以外で飲まない。
それは流儀である。流儀は法律より重たい。

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