大塚保治(おおつかやすじ)
関東大震災の火の手が迫ってきたとき
その人は大切にしてきた友人からの手紙を、
一枚一枚、焼き始めた。
夏目漱石が自分だけに打ち明けた悩みや相談の手紙が
万一他人の目に触れることがあってはいけない。
手紙を焼いた人の名前は、大塚保治。
漱石よりふたつ年下だったけれど
漱石より4年早くヨーロッパに留学し
漱石より3年早く東大の教授になっていた。
焼かれた手紙には、若き日の夏目漱石の、
恋の悩みが綴られていたと言われているが
それを人目にさらさない誠実さを信じて
漱石も悩みを打ち明けたのだろう。
大塚保治が大学で教えていたのは美学。
彼の人生もひとつの美学で貫かれていました。
三島由紀夫の言葉
おじさんはもうすぐ死ぬけれど…
と、三島由紀夫が10歳の少女に語ったのは
その死の前の年の夏だったそうだ。
おじさんはもうすぐ死ぬけれど…
そんなおじさんが責任をもってあなたに読むことを勧められるのは
辞書だけです。
三島は大学で文学ではなく法律を学んだ。
法律を学ぶには法律の用語を完全に理解しなければならなかった。
これを文学にあてはめるとこういうことになる。
文章を理解するためには
まず言葉を理解しなければならない。
文章を書くためには
言葉の意味を他人に説明できるまで理解する必要がある。
子供はどんな本を読めばいいですか、という
女の子の質問に
文学の心構えをやさしい言葉で語ったこのエピソードは
いかにも完璧主義の三島由紀夫らしい。
辞書を読むことをすすめられた女の子は
やがて作家になった。
神津カンナという名前だった。