「菊池寛への言葉」川端康成
昭和23年の今日、作家・菊池寛はこの世を去った。
その葬儀の席、川端康成は司会に再三、名を呼ばれても
気がつかなかった。
菊池を介して出会った芥川龍之介、
横光利一ももう、この世にいない。
今日、私はつつしんで控えておるべき身でありながら
ここに立つて弔辞を読ませていただきますのは
私と同じやうに菊池さんの大恩を受けました多くの友人
例えば横光らが大方私に先立ちましたゆえと思ひますと
それらの多くの亡き友人からも
私はここに一言お礼を言ふ役を遺されたのでありませうか
川端は、菊池をその恩を受けてもお礼を言わなくてもいい人、
次から次へと恩を重ねてもいい人だったという。
だから自分がお礼を言う役なのだと。
そして、菊池に出会えた自分たちは千載の幸せ者であり
その幸せは菊池の死によって消えるはずもないと続けた。
弔辞を終え、席に戻っていくその後ろ姿は、
また一段と小さくなったように見えた。