茂木彩海 18年10月28日放送
Photo by Mark Dumont
パンダのはなし パンダという名前
一度聞いたら忘れられない「パンダ」という名前。
覚えやすく、小さい子供も発音しやすい。
そんなことも、常に人気者であるひそかな理由なのかもしれない。
そんなパンダだが、もともとは「レッサーパンダ」を指す
名前だったことをご存じだろうか。
なんでも、現在の「パンダ」を指す
ジャイアントパンダが新たに発見されたことがきっかけで
いままでのパンダに「小さいほうの」という意味の「レッサー」を
つけたのだという。
「レッサー」パンダからしたら失礼な話だが、
どちらもパンダはパンダ。
その可愛さを前に、人類はなす術がないのである。
小野麻利江 18年10月28日放送
Photo by studiohzwei
パンダのはなし パンダと食べ物
1日10時間以上にわたり、
およそ20キロもの竹や笹の葉を食べる、
ジャイアントパンダ。
さぞかし大好物なのだろうと思いきや、
実は、パンダの身体の構造は、
竹や笹を食べるのにが、向いていないそう。
パンダの消化器官は、典型的な肉食動物のもの。
そのため、草食動物のように長い腸を持たず、
食べたものの2割程度しか消化できないらしい。
天敵を避け、中国山岳地帯の奥地を生息の場とした
ジャイアントパンダ。
そこで冬や氷河期でも枯れず、
1年を通して豊富に得られる植物が、竹や笹だったとか。
さらには、およそ420万年前に
パンダの体内の受容体が変異を起こし、
肉などのたんぱく質を「おいしい」と感じなくなった、
ということが、研究によって明らかになった。
竹や笹を食べ続けることができるのは、そのためだという。
争いを避けるために、食べ物の好みを変えてしまう。
パンダはかなりの平和主義者のようだ。
小野麻利江 18年10月28日放送
パンダのはなし パンダと伝説
どうもパンダという存在は、伝説と相性がいいようだ。
中国では古来から、
しばしば伝説の生き物・獏(ばく)と混同されてきた。
紀元前200年頃に編まれたという類語辞典
『爾雅(じが)』では、
「竹を食べる白黒模様をしたクマのような動物」のことを
獏と呼んでいたり、
「パンダの毛皮を寝具にすると、
未来を予知する夢を見ることができる」と、
獏の伝説がパンダの話として
信じられていたこともあったという。
そして時は移り、
1972年、上野動物園に、二頭のパンダが「来日」すると、
その日だけで5万6000人が集まるという
熱狂をもって迎えられ、
昨年も、上野動物園で初めて、
メスのパンダ・シャンシャンが生まれると、
日本中が再び、パンダブームで盛り上がった。
二千年以上ものあいだ、様々な伝説で
人々を惹きつける、パンダの最大の魅力。
それはきっと、白と黒のツートンカラー。
しかし、なぜパンダの体は白黒模様なのかは、
驚くことに、つい昨年まで、
きちんと解明されていなかった。
熊埜御堂由香 18年10月28日放送
Photo by chensiyuan
パンダのはなし 野生への夢
ガラス越しに数匹の動向をじっと見守る、
動物園の人気者、ジャイアントパンダと私たちはそんな風に接してきた。
けれど、もともとは四川省の山岳地帯の野生動物で、
今でも、四川省には、野生化を目指す研究基地が数多くある。
そのひとつ、成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地は
1987年に設立された。始まりは6頭のパンダだった。
1970年代、野生の生息地である山脈の竹の葉が突然枯れる事態が相次ぎ、
10年間で250頭が餓死するという危機がおこった。
そんな中、成都市は63頭のパンダを救出し、食事を与え野生へと戻した。
しかし、体調的に戻すことができなかった6頭の野生パンダの人工飼育から、
この施設はスタートした。
現在まで、一度も野生のジャイアントパンダを捕獲しない状況で
繁殖を続けてきた。
成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地には、
今では200頭以上が生活し、
たくさんの子パンダたちが、まるで子犬のように、
じゃれあう姿も見ることができる。
その愛らしさから、世界中から観光客も多く訪れる。
その収益は、野生に帰りたいという
ジャイアントパンダたちの夢を叶えるために使われている。
薄景子 18年10月28日放送
Photo by Todorov.petar.p
パンダのはなし パンダの白黒模様
中国で平和の象徴とされる、パンダ。
あの愛くるしい白黒模様を
中国では「陰」と「陽」の
象徴だという哲学者もいるらしい。
陰陽とは宇宙を構成する
ふたつの相反する力。
それを象徴する白と黒の均衡を
パンダは保っているからこそ、
穏やかな性格だともいわれている。
なるほど。
パンダはただ可愛いだけではないのだ。
あの白と黒のモフモフは、
人間の乱れた心のバランスを
一瞬にして整え、癒してくれる
そんな不思議な力を秘めている。
福宿桃香 18年10月27日放送
文字の日「ひらがな」
平安時代。
1日に何通も恋文を書いていた女性たちは、
徐々に漢字を省略して書くようになっていく。
草書体をさらに崩した、やわらかく流れる丸い文字 ―
こうして生まれたのが、ひらがなである。
オリンピックを控えた今、ひらがなは再び注目を集めており、
今年の春にはひらがなを擬人化したアニメまで制作された。
誕生からおよそ1000年が経っても、
かわいらしい46種の文字は私たちを魅了し続ける。
福宿桃香 18年10月27日放送
文字の日「カタカナ」
ひらがなと同じく漢字を崩して生まれたカタカナ。
そのカタカナを日本語の中心としよう
という動きがあったことはご存知だろうか?
大正9年に設立されたカナモジカイは、
当時小学校で習う漢字が1356字あったのに対し
実際に覚えられるのは600字程度であることを突き止めた。
そこで、習う漢字の制限の他、
駅名や公的文書のカタカナ化を訴えたのだ。
ワープロ等の普及により漢字の読み書きが容易くなり、
運動は自然と下火になったが、
漢字の数がへらされなかったのはすこし残念である。
藤本宗将 18年10月27日放送
文字の日「チェロキー語」
アメリカ先住民族のチェロキー族に、
シクウォイアという銀細工師がいた。
白人と交流があった彼は
「文字」という概念に触れ、感銘を受ける。
そしてめざしたのは、
文字を持たないチェロキー語の
読み書きを可能にすること。
苦労の末に完成したのが
85文字の「チェロキー文字」。
形はアルファベットやアラビア数字にも似ているが、
表す音はまったく違う。
シクウォイアは既存の文字を参考にしたが、
それらを理解することはできなかったためだ。
ひとりの力で民族に文字体系をもたらす。
後にも先にも例のない偉業である。
永久眞規 18年10月27日放送
文字の日「絵文字」
世界最古の文字、と言ったら
何を思い浮かべるだろうか。
エジプトのヒエログリフ?メソポタミアの楔形文字?
諸説あるが、中部イラクのウルク遺跡から
発掘されたシュメール文字が特に有力だ。
シュメール文字が使われていたのは、
紀元前3500年ごろで、紙もまだない時代だ。
ウルク遺跡から発掘されたシュメール文字も、
粘土板に刻まれていた。
そこには魚や人、記号などが並んでいて、
まるで絵のような、見ていて楽しいものだった。
そして、それから5000年以上たった現代。
世界中の人々がチャットやSNSで使っているのは、
笑った顔や怒り顔など、かわいい絵文字たち。
今や国や文化を超えても共通で使われ
非常に親しまれている「絵文字」の歴史は、
思ったよりずっと長いものかもしれない。
永久眞規 18年10月27日放送
©️ Christophe MOUSTIER
文字の日「点字」
指先の感覚で読む、
視覚障害者のための文字「点字」。
その起源は、思いも寄らないところにある。
1819年フランス。当時砲兵大尉だった
シャルル・バルビエ・ド・ラ・セール。
彼は、明かりがない夜でも
兵士たちに正確に命令を伝達するため
「夜間文字」という暗号を開発した。
それは、厚紙に点を浮かびあがらせ、
12の点で音節や発音、単語を表すというもの。
そして、それが後にパリの盲学校で改良され、
「点字」として広く普及していくことになる。
後世に残るような発明は、
意外と当初の目的とは少し違うところで
重宝されているのかもしれない。