名雪祐平 18年3月31日放送
Richards
ひ夏い夏 樋口一葉
樋口一葉は、小学校を首席で卒業した。
母の反対で進学はかなわなかったが、
父は娘の才能を見抜き、
和歌を習う「萩の舎」に入門させた。
そのころの名前は、樋口夏子。
塾には、もう一人の夏子がいた。
伊東夏子。
ひ夏ちゃん、い夏ちゃん
と呼びあう親友。
塾は、贅沢な着物の
伯爵や侯爵のご令嬢たちばかり。
ひ夏ちゃん、い夏ちゃんは平民組。地味な着物。
和歌の短冊には、身分まで書く決まりだった。
「わたしたち、爵という面倒な字を
書かなくていいね」
と、笑いあった。
ユーモアと反骨心。
ひ夏ちゃん、明治の青春。
名雪祐平 18年3月31日放送
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雨女雪女 樋口一葉
19歳。樋口一葉は、恋に落ちた。
小説の指導をお願いに、
新聞社の小説記者半井桃水に初めて会った日、
雨が降っていた。
それから一葉が訪ねるたびに、雨、雨、雨。
着物をびしょ濡れにしても、
下駄が泥まみれになっても、
こころは弾んだ。
桃水は、ほほえんだ。
「君が来るときは、いつも雨だね」
冬の雨は、よこなぐりの雪に変わった。
かじかんだ体で桃水の隠れ家に着くと、
いびきが聞こえた。
一葉は、底冷えのする玄関で1時間ほど待ってから、
コホンとせきをした。
「早く起こしてくれればいいのに。
遠慮が過ぎますよ」
桃水は火鉢に火を熾し、
しるこをこしらえて、一葉に食べさせた。
降りしきる雪。
二人きり。
一葉の短い生涯の、最良の日。
名雪祐平 18年3月31日放送
奇跡十四ヶ月 樋口一葉
日本文学史上に輝く、
樋口一葉・奇跡の十四ヶ月。
『たけくらべ』『にごりえ』をはじめ
傑作の数々は、一葉の晩年の
驚きべき短期間に書き上げられた。
一葉の小説が載った文学雑誌は飛ぶように売れ、
森鴎外や幸田露伴といった
文壇の大作家たちは一葉の小説にとどまらず
人となりまで絶賛。
家の表札まで盗まれ、
まるでトップアイドルのような一葉。
そのさなか、肺結核という悲劇に侵された。
ハッピーエンドはまずない自分の小説のように、
一葉24歳の生涯だった。
小野麻利江 18年3月25日放送
Adria Richards
呼吸のはなし マヤ・アンジェロウと息の数
酸素を吸い、二酸化炭素を吐く「呼吸」。
ヒトが生きるために、呼吸は欠かせない。
しかしヒトは必ずしも、
呼吸のみによって生かされているのでは
無いのかもしれない。
アメリカの女性作家、マヤ・アンジェロウは
こんな言葉を残している。
人間の価値は息をした数ではなく、
心奪われ、息をするのも忘れる瞬間を
経験した数で決まる
小野麻利江 18年3月25日放送
呼吸のはなし アスリートと呼吸
アスリートの商売道具は、
言わずもがな、「身体(からだ)」。
どんな競技・種目であれ、
アスリートたちはみずからの身体の使い方を
1ミリでも向上させるべく、
日夜トレーニングを続けている。
そして、身体の可能性を
極限まで高めようとする彼らにとっては、
「呼吸」の使い方も、身体の使い方。
多くのプロゴルファーを育てた
名指導者・坂田信弘も、
みずからの著作の中で、こんな話をしている。
ゴルフというのは、球を叩く、
その球を叩くのは、空気で叩くんです。
呼吸で叩くんです。
石橋涼子 18年3月25日放送
呼吸のはなし 勝海舟と呼吸
勝海舟。
ご存知の通り、江戸無血開城の立役者のひとりだ。
官軍の江戸総攻撃が目前に迫るなかで
最後の将軍徳川慶喜に幕府の幕引きをまかされた。
様々なプレッシャーのもと、
時代の空気を読み、気迫を持って、
和平交渉を成立させた勝海舟の気苦労はいかばかりだったろうか。
勝海舟の晩年の談話を集めた
氷川清話(ひかわせいわ)には、
こんな言葉が収録されている。
ところで気合いとか呼吸とかいっても、
口ではいわれないが、
およそ世間の事には自ら(おのずから)
順潮(じゅんちょう)と逆潮(ぎゃくちょう)とがある。
しかしこの呼吸が、いわゆる活学問(いきがくもん)で、
とても書物や口先の理屈ではわからない
石橋涼子 18年3月25日放送
呼吸のはなし 岡本太郎の深呼吸
0年代、岡本太郎が、とある青年誌で
まことに岡本太郎らしい人生相談を
していたのはご存知だろうか。
健康について聞かれた回では、こんな言葉を残している。
健康法なんか考えないことがいちばんの健康法だと思っている
もちろん、逆説をとなえるだけでは終わらないのが、岡本太郎だ。
続きは、こう。
思いっきり新鮮な朝の空気を吸い込むと、
青空が体に染み込んで、
一日のエネルギーが沸いてくる喜びを感じる。
これが僕の生きがいだね。
熊埜御堂由香 18年3月25日放送
呼吸のはなし サン=テグジュペリの愛の言葉
星の王子様の作者、サン=テグジュペリが
愛について残した言葉がある。
私たちは同じ目的によって隣人と結ばれるとき、
初めて呼吸することができる。
愛するとは、お互いに見つめあうことではなく、
ともに同じ方向を見ることだ。
大事なひとと喧嘩になったら、
思ってもいないひどい言葉を投げるより、ひと呼吸。
窓をあけて、ふたりで深呼吸しよう。
薄景子 18年3月25日放送
don2g
呼吸のはなし 長田弘の詩と呼吸
ふと気がつくと、
まともな呼吸ができないくらい
追われるように暮らしている。
そんな慌ただしい日々を
風のように吹き抜けることばがある。
詩人、長田弘の詩、「窓のある物語」
ことばが信じられない日は、
窓を開ける。それから、
外にむかって、静かに息をととのえ、
齢の数だけ、深呼吸をする。
ゆっくり、まじないをかけるように。
その詩のままに、そっと目を閉じ
ただただ呼吸をゆったり深める。
齢の数まで呼吸しなくとも、
ひと息ごとに胸のざわめきが
静かにやさしくなってゆく。
そうだ。
ことばが信じられない日こそ
ことばを、呼吸を、信じてみよう。
めまぐるしさを時代のせいにするのは
もうやめて。
茂木彩海 18年3月25日放送
呼吸のはなし 書道家の呼吸
吐く息がすーっと溶け込み、吸う息が自然に体に流れ込んできて、
溶け合うことを入我我入と言うんです。
自然に息を吸って、その息が自然に出て行くように毎日を過ごしていれば、
どこかに行き着くのだと信じているのです。
御年97歳の書家、関頑亭(せきがんてい)の言葉である。
生きることは呼吸をすること。
流れる筆のようなしなやかな呼吸が、健やかな心と体の糧となる。