河田紗弥 17年6月18日放送
コーヒーはいかが? 〜カウヒイ〜
1804年、日本初のコーヒーを飲んだときの体験記が
大田南畝によって残されている。
「紅毛船にて、”カウヒイ”というものを勧む、
豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり、
焦げくさくて味ふるに堪えず」
当時の日本人の嗜好には合わなかったのだろう。
しかし、長崎の出島で医師として働いていたシーボルトをはじめとする
多くの蘭学者たちが
コーヒーは長寿をもたらす良薬として大いに宣伝したことをきっかけに
江戸時代末期にかけて人々のコーヒーへの関心は高まっていった。
その証拠に、
1858年には、正式なコーヒー輸入が開始され、
そのまた30年後の1888年には、
東京の下谷に「可否茶館」が誕生した。
その後も、浅草や大阪などに次々と、
コーヒー専門店がオープンし、
当時のハイカラな文化人たちが
文学や芸術、西欧の思想などを論じるサロンとなった。
河田紗弥 17年6月18日放送
コーヒーはいかが? 〜幻の発明者〜
1899年、加藤サルトリ博士は、
コーヒーを一度液体化してから、
真空蒸発缶に入れて、水分を除去し粉末にするという、
真空乾燥法に成功し、
インスタントコーヒーを発明した。
ところが、当時の日本では、
インスタントコーヒーの販路がなかったため、
彼はアメリカのシカゴに加藤商会を設立した。
その後、ニューヨーク州バッファローで開催された
パンアメリカ博覧会に、
その製品を出品し、販売した。
しかし、加藤サルトリ博士は、特許を取得していなかったのだ。
そのため、1903年に別の方法でインスタントコーヒーを作った
ジョージ・ワシントンが特許をとってしまい、
幻の発明者となってしまった。
河田紗弥 17年6月18日放送
コーヒーはいかが? 〜恋の苗木〜
1727年、海軍士官のフランシスコ・パルヘッタは、
ポルトガル領ブラジルに
コーヒーの苗木を極秘で持ち帰るという使命を受けて、
フランス領ギアナに向かった。
当時、特産品として国の経済を支えていたコーヒーの
国外持ち出しは禁止されていた。
そんな中、彼は滞在中に、
ギアナの首都カイエンヌのトルヴィエ総督夫人と恋に落ち、
自分の使命を夫人に話してしまった。
そして苗木を手に入れることができずに迎えた帰国の日。
使命を果たせず、途方に暮れていた彼に、
トルヴィエ総督夫人は、大きな花束を手渡した。
そう、その贈られた花束の中には、
5本のコーヒーの苗木が隠されていたのだ。
パルヘッタは、持ち帰った苗木をブラジルに植えた。
やがて世界の生産量80%を占めることになるブラジルコーヒーは
こうして生まれたのだ。
宮田知明 17年6月17日放送
yto
鈴木福 ブログ
天才子役、鈴木福。
テレビデビューは、2006年。
NHKの「いないいないばぁ」。
わずか1歳のときだった。
ゲゲゲの女房や、まるものおきて、
コドモ警察、妖怪人間ベムなど、
それからの活躍は誰もが知るところ。
2011年には、「マル・マル・モリ・モリ!」で
紅白にも出場している。
そんな忙しい福くんは、
毎日ブログを更新している。
“笑う門には福ブログ”
子どもらしい、かわいらしい記事の中に、
ときどき、気のきいた言葉が。
2017年2月3日、
節分の日のブログの締めは、こう綴られている。
「皆さんにも、たくさんの福が来ますように(^0^)」
今日は、福くんの、13歳の誕生日。
宮田知明 17年6月17日放送
Colourless Rainbow
鈴木福 涙
2011年の大ヒットドラマ、「マルモのおきて」
このドラマで、福くんは芦田愛菜とともに
子役としての人気を不動のものにした。
泣き虫役の福くん。
当時、まだ7歳。
撮影現場では、
いつでも涙を流せるように
目薬が用意されていたが。
スタッフから差し出された目薬を断り、
福くんが言った言葉。
「涙は自前でいきます。」
7歳にして、俳優。
役に入り込む才能は、天性のものか、
それとも、努力のたまものなのか。
宮田知明 17年6月17日放送
komehachi888
鈴木福 暗記法
天才子役、鈴木福くん。
学校が終わるとドラマの打合せなどの
芸能の仕事をし、
家に帰ると弟たちの面倒をみる。
忙しい中で、どうやってドラマの台本を
覚えているのか。
それは・・・
最初にスマートフォンに自分で練習したセリフを録音し、
それを移動時間に繰り返し聞く、という方法。
もともと、乗り物酔いがひどく、
車の中で台本を読むと酔ってしまうため、
という理由だったが。
移動の時間を有効に使う、最も効果的な方法を、
彼は実践している。
天才子役は、スキマ時間の使い方もうまかった。
宮田知明 17年6月17日放送
鈴木福 二刀流
妖怪人間ベムで共演した
KATTUNの亀梨和也にあこがれて。
「野球もできる俳優になりたい」
福くんは、俳優と野球選手の二刀流を目指す、と言う。
中学で野球部に入った福くんの背番号は、
日本ハムファイターズの大谷翔平と同じ、11番。
2016年6月、マツダスタジアムで行われた
広島VSオリックスでは、始球式を努めた。
思いっきり腕を振る、ダイナミックなフォーム。
当時小学6年生だったにも関わらず、
しっかりノーバウンドでキャチャーに届いた。
野球にも、文字通り全力投球の福くん。
その姿には、誰もが声援を送りたくなる。
宮田知明 17年6月17日放送
Momotarou2012
鈴木福 弟と妹
福くんには、2人の妹と1人の弟がいる。
福くんのブログには、
まるで親が我が子のかわいい写真を
これでもかとアップするように、
弟や妹たちが出てくる。
そんな弟や妹を見て、
かわいすぎる!
かわいすぎませんか?
と、かわいいかわいいと褒めちぎり、
そして自分のことを指して、こう呼ぶ。
兄バカ、と。
学校、部活、子役と、多忙な毎日の中でも、
長男として楽しそうに弟や妹たちの面倒をみる福くん。
そんな福くんのブログを読んでいると、わかること。
福くんは、きっと、いいお父さんになる。
澁江俊一 17年6月11日放送
雨傘
ノーベル文学賞作家、
川端康成が、ライフワークとして
若い頃から書き続けた
短編よりもさらに短い
作品集「掌(たなごころ)の小説」。
その中に「雨傘」という物語がある。
遠く離れて二度と会えなくなる少年と少女が、
写真館に思い出の写真を撮りに行く
それだけのごく短い話なのだが、
天気が変わるように
二人の関係が
ほんの少しだけ移り変わる瞬間を
雨傘という小道具が
美しく演出した名作である。
ぜひ雨の日に、
大切な人と読んでほしい。
松岡康 17年6月11日放送
世界を変えた線
黒くどんよりとした空。
突然の夕立に、橋の上を急ぐ人々。
画面全体には雨が
複数の長い斜線となって描写されている。
歌川広重作「大はしあたけの夕立」。
この木版画は、遠くヨーロッパの美術界に
大きな衝撃を与えた。
西洋では雨の描写は
これまでほどんどなかったこともあり、
広重の描いた雨の描写方法は、
西洋の画家たちにとって革命的だった。
かのゴッホも夢中でこの版画を模写し、
印象派画家達の間で広がった
ジャポニズムの流行を生み出すきっかけとなった。
日本で生まれた線が、
遠くヨーロッパの美術を大きく変えたのだ。