佐藤延夫 17年6月3日放送
その次の人生 水野勝成
徳川家康の従兄弟にあたる武将、水野勝成。
15歳で初陣を飾ると、
戦場であまたの活躍をみせる。
だが、父の家臣を斬ってしまい、
それがもとで勘当されると、
長い放浪生活にはいる。
武芸に秀でており、
傭兵のように戦国の世を渡り歩き、
行く先々で手柄をあげた。
このまま流浪の武将になるかと思いきや、
父と和解し、家督を相続した。
猪突猛進型の武将だったが、
藩主としては、知的で堅実な政治を行っている。
佐藤延夫 17年6月3日放送
その次の人生 木下勝俊
木下家定の嫡男、勝俊。
太閤秀吉の正室 ねねの甥にあたり、
さまざまな恩恵を受けて育てられた。
幼少から秀吉に仕えてきた勝俊だが、
彼が才能を発揮したのは、
武士よりも歌人として、だった。
関ヶ原の戦いに際し、
敵前逃亡の疑いで領地を没収されると、
彼らしい人生の幕が開く。
隠居暮らしを始め、木下長嘯子と名乗り、
思うがままに歌を詠んだ。
大名や文化人、幕府の要職につく人物たちと交流したという。
よしあしを 人の心にまかせつつ そらうそぶきて わたるよの中
自分のやりたいことのために、生き方を変えた男。
佐藤延夫 17年6月3日放送
その次の人生 山中幸元
戦国時代、生涯を賭けて尼子家に尽くした山中鹿介。
お家の没落を防ぐことは叶わず、悲運の武将とも言われている。
その息子である山中幸元は、
武士という身分を捨てて酒造業をはじめた。
店の名前は、鴻池屋。
住んでいた地名から拝借した。
彼を救ったのは、運とアイデアだった。
ある日、使用人が叱られた腹いせに灰を酒樽に投げ込むと、
濁り酒が透明な酒に変わったという。
これが清酒の始まりとされている。
そして、伊丹から江戸へ、馬や船による酒の大量輸送で、
事業は飛躍的に拡大した。
のちに海運業や両替商でも成功し、
鴻池は、江戸時代最大の財閥となっていた。
挫折も、幸運も、気まぐれにやってくる。
佐藤延夫 17年6月3日放送
663highland
その次の人生 上田宗箇
豊臣秀吉に仕えた武将、上田宗箇。
武芸に優れ、一番槍の猛将と恐れられる一方、
千利休、古田織部の門下となり、
茶の湯や作庭にも傾倒していった。
関ヶ原の戦いで破れ出家すると、
造園の依頼が舞い込む。
徳島城表御殿の庭園や、
和歌山城西の丸庭園などは彼の手によるものだ。
その後、再び召し抱えられ、数々の武勲をあげつつ
晩年は茶の湯、作陶など悠々自適の余生を過ごしたという。
身を助けるのは、やはり一芸なのだ。
石橋涼子 17年5月28日放送
beaufour
ダンスのはなし フランツ中佐のタンゴ論
映画「セント・オブ・ウーマン」は
アル・パチーノ演じる気難し屋のフランツ中佐と
苦学生チャーリーの、心の交流を描いた物語だ。
劇中、フランツ中佐が
女性をダンスに誘う有名なセリフがある。
タンゴに間違いはない。
人生と違って。
足が絡まっても踊り続ければいい。
自分の間違いだらけの人生を嘲笑う気分だったのだろう。
それでも躍ればいいじゃないかと思えるこの台詞は、
物語の終盤、救いの言葉としてフランツ中佐の元に戻ってくる。
石橋涼子 17年5月28日放送
ダンスのはなし 妖精マリ・タリオーニ
バレエの歴史は、
ダンサーでもあった太陽王ルイ14世の時代に
大いに発展したと言われる。
当時、女性ダンサーは一般的なドレスとヒールで
踊るのが一般的だった。
そこに、つま先立ちで踊る技法、ポワント・ワークで
妖精のような軽やかな表現とともに現れたのが、
マリ・タリオーニだ。
詩人ゴーチエは彼女の踊りを
いかにも詩的に賛美した。
天上の花の上を
花びらをたわめることなく
バラ色の爪先で歩く幸福な魂
痩せぎすでひょろりと手足の長い彼女は、
ひとたび踊り始めると
重力をまったく感じさせない優美な動きで
人々を魅了したと言う。
小野麻利江 17年5月28日放送
Stefan Leijon
ダンスのはなし シルヴィ・ギエムの信条
伝説のバレリーナ、シルヴィ・ギエム。
パリ・オペラ座のエトワールの座をわずか5年で返上し、
その後はどこのバレエ団とも専属契約を結ばず
50歳で引退するまで、39年間踊り続けた。
強靭で、驚くほど柔軟な身体を活かしながら
表現の枠を広げてきたギエム。
芸術監督の言ったことにも「ノン」と断ることから
つけられたあだ名は「マドモワゼル・ノン」。
そんな態度が、非難を浴びることも少なくなかった。
しかし彼女の中には、
自分の表現を高めていくために守ってきた
確固たる信条があった。
自分の心で感じていない動作をするのは、
どんな時でも正しくない。
舞台美術家のボブ・ウィルソンとの仕事を通して、
ギエムはそれを学んだという。
自分の心、そして踊りに対して、
誠実であろうとしてきたギエム。
親友にもかつて、こんなお願いをしていたという。
もしも私が、伝えることが何もない
老いぼれのダンサーになっていたら、
私を殺してね
小野麻利江 17年5月28日放送
El señor Ubé y el señor Botijo
ダンスのはなし ピナ・バウシュの源泉
ドイツの舞踊家、ピナ・バウシュ。
伝統的な型(かた)にとらわれず
身体ひとつで人間の強さや儚さ、
感情の揺らぎを表現する踊りに、
世界中が魅了されてきた。
そんな踊りの源泉について、ピナは生前こう語っている。
言葉にならない感情って、絶対にあると思う。
それを表現することが、ダンスの出発点だわ。
薄景子 17年5月28日放送
ダンスのはなし マーサ・グレアムの言葉
私はダンサーになるよう、神に召されたのだ。
そう言ったのは、アメリカモダンダンスの
創始者のひとり、マーサ・グレアム。
TIME誌では、彼女をDance of the centuryと称し、
20世紀を代表するダンサーとして人々を魅了し続けた。
モダンアートを反映した
独特の身のこなしと生命力あふれる肉体表現。
世界大恐慌など、深刻な世相をモチーフに
鬱蒼とした時代の孤独感をも表現した。
96歳で亡くなる直前まで、
生涯をダンス界に注いだマーサには
こんな名言がある。
世界にあなたは一人しかいないのだから、
自信を持って、あなた自身で踏み出して行きなさい。
それは、きっと、マーサがダンスを通じて
全身全霊で表現し続けた、魂からのメッセージ。
薄景子 17年5月28日放送
ダンスのはなし 森下洋子の言葉
プリマバレリーナ、森下洋子。
3歳でバレエと出会い、
11歳で一人で上京。
天性の才能とあふれる表現力、
人一倍の努力で、めきめきと頭角をあらわす。
150センチの小柄な体を感じさせない
圧倒的な存在感は、やがて世界中の人を魅了し、
東洋の真珠と謳われた。
バレエ歴60年を超えても活躍し続ける森下は
こんな言葉をのこしている。
一日怠ると、自分がわかります。
二日怠ると、パートナーにわかります。
そして、三日怠ると多くの人にわかります。