小林慎一 16年7月17日放送
Bob Lord
暗号解読と数学篇
第二次世界大戦。
ドイツの暗号システム「エニグマ」は
1億5千万通りの百万倍の百万倍の百万倍
の設定が可能だった。
イギリスの暗号解読班は
古典学者と言語学者で占められていたが
数学の研究者が必要だと判断した。
コンピュータの原型である無限計算機の開発者
アラン・チューリングがイギリスの暗号解読班に参加した。
チューリングは、
エニグマの全設定をチェックする巨大な装置をつくった。
その装置は、回線がつねにカチカチと音を立てるため
爆弾と言われた。
戦況は一変した。
第二次世界大戦は物理学者の戦争と言われた。
しかし、
長い間、秘密のベールに隠されていた
チューリングのチームの存在が明らかになった今、
第二次世界大戦は数学者の戦争だったのだ。
小林慎一 16年7月17日放送
神とサイコロ篇
人類にとって、
確率とは、ギャンブラーの直感と経験のことだった。
17世紀に入り、
パスカルとフェルマーの共同作業によって
確率は厳密な数学規則に従うものになった。
しかし、それ以来、数学的に正しい数字と、
私たちが直感的に正しいと思える数字が違っていることが
少なからずある。
サッカー場に選手と審判が23人いるとする。
この23人のうち、誰か2人の誕生日が
同じになる確率はどれくらいだろうか。
10%だろうか。3%だろうか。
答えは、50%を超える。
誕生日が同じ人が一組生まれる確率は、
一組も生まれない確率よりも高いのだ。
その理由は、23人という数字よりも、
ペアをつくる組み合わせが重要だからだ。
ペアの組み合わせは、253通りになる。
このような確率の錯覚を利用したギャンブル生まれている。
あなたも、くれぐれもお気をつけを。
小林慎一 16年7月17日放送
微積分と大統領篇
フェルマーは確率論の生みの親になっただけでなく
微積分学の創設にも深く関わった。
微積分法によれば
ある量が別の量に対して変化する率
微分係数を求めることができる。
例えば、速度とは時間に対する距離の変化率のことで
加速度とは時間に対する速度の変化率のことである。
微積分学のおかげで惑星の軌道を計算し、
大砲の弾道を予測し
人類は月に行けるようになった。
微積分学は経済学にも大きな影響を与えた。
インフレーションとは物価の変化率のことである。
インフレーションは物価の二次導関数で表され
その増減は三次導関数によって計算される。
1972年、ニクソン大統領は
インフレーションの上昇率は減少しつつある、と演説した。
数学者のヒューゴ・ロッシは
現職の大統領が再選に向けて三次導関数を
利用したはじめてのケースであると述べている。
小林慎一 16年7月17日放送
セミと素数篇
周期ゼミというセミがいる。
どんな世代でも正確に17年または13年で大量発生する。
周期年数が素数であることから素数ゼミとも呼ばれている。
最近では、2004年にニューヨークで大量発生し
日本でもたびたび報道された。
素数年発生の意義を最初に指摘したのはロイドとダイバスだ。
セミの天敵である寄生虫が2年のライフサイクルを持つなら
セミは2で割り切れるライフサイクルは避けたいに違いない。
3年の場合は3で割り切れるライフサイクルを避けようとするだろう。
セミが寄生虫との同時発生を避ける最良の策は
長くて、しかも素数のライフサイクルを持つことだ。
2年のライフサイクルをもつ寄生虫と
ジュウナナネンゼミが顔を合わすのは34年ごとになる。
そんなセミに寄生虫が対抗するには1年サイクルか、
17年サイクルになるしかない。
1年サイクルだとすると、
最初の16年は宿主になるセミはいない。
17年サイクルだとすると、
寄生虫とセミは272年間同時発生しないことになる。
天敵のいなくなったジュウナナネンゼミは、
2021年にまた大量発生する。
小林慎一 16年7月17日放送
戦闘と数学篇
1944年。
フォン・ノイマンは「ゲームの理論と経済行動」
という共著を出版した。
ノイマンはこの本の中でゲーム理論という言葉を生み出し
人間がゲームをいかに遂行するかを数学的に記述した。
チェスやポーカーについて研究し、
経済の営みもモデル化しようとした。
アメリカのシンクタンクであるランド研究所は
ノイマンのアイデアが持つ
潜在的可能性に気づき
冷戦期の戦略開発のために彼を雇い入れた。
ゲーム理論は、
戦闘をチェスと見立てて戦略を練るのに
なくてはならない道具となった。
ゲーム理論によって進化した戦闘は
より効率よく人を殺せるようになったのだ。
ジョイスティックで操られた無人機が爆弾を落とす。
戦闘のゲーム化が、残虐性を覆い隠してはいないだろうか。
小林慎一 16年7月17日放送
faeriefly717
ゲームと数学篇
人がゲームの勝率を上げるための
数学的理論はフォン・ノイマンによって確立された。
そのゲーム理論は実際の戦闘にも応用されている。
例えば、ミスターブラック、ミスターグレイ、ミスターホワイトの
3人がピストルで決闘することになった。
決闘は一人が生き残るまで行われる。
ブラックは、3回に1回しかピストルを当てることができない。
グレイは、3回に2回。ホワイトは3回に3回当てることができる。
ピストルを打つ順番は、下手な順で、ブラックからである。
ブラックは最初に誰を狙えばいいだろうか。
百発百中のホワイトを狙うか、3回に2回のグレーを狙うか。
グレーを狙い成功すると、
ホワイトは百発百中の腕前でブラックを殺すだろう。
ホワイトを狙い成功するとグレーは3回に2回の確率なため
ブラックが生き残る可能性が高まる。
しかし、もっともいい方法は、空を打つことである。
次にグレーはより危険な敵であるホワイトを狙うだろう。
ホワイトがもし生き延びてもホワイトはグレーを狙うだろう。
ブラックにとっての最善の策は、
3人による決闘の一発目打つのではなく
2人による決闘の合図をすることなのだ。
小林慎一 16年7月17日放送
USFWS Headquarters
自然とパイ篇
円周率パイは、円の幾何学に由来する数字だ。
円周の直径に対する比率が3より少し大きいということは
古代インドやバビロニアでも知られていた。
3.14159・・・・
現在では13兆桁以上まで計算されている割り切れない数は、
科学研究の様々な局面で顔を出す。
ケンブリッジ大学教授のハンス・ヘンリック・ステルムは
いろいろな川の長さと、水源から河口までの直線距離の比を求めてみた。
その数字は、ほとんど、円周率と等しかった。
川は常に曲がろうとする。
川はカーブの外側の流れが速いため侵食が進み
川のカーブはさらに急になる。
このようにして川はどんどん曲がっていく。
しかし、川は曲がるほどにバイパスができやすくなり
バイパスができると川はまっすぐになり
取り残された部分は三日月湖になる。
カオスと秩序のせめぎ合いの数字が
3.14からつづく無理数なのだ。
小林慎一 16年7月17日放送
スパイと数学篇
純粋数学は現実世界には応用するのは難しい分野だか
素数理論はそれができる数少ない領域である。
1977年マサチューセッツ工科大学の
ロナルド・リヴェストのチームは
暗号に関する画期的なアイデアを思いついた。
暗号用の鍵をつくる際に、素数を二つ用意し、
それを掛け合わせて大きな非素数にする。
通信文を暗号化するには、
この大きな非素数が分かっていればよい。
一方、暗号化された文を復元するするには
もとになった2つの素数を知らなければならない。
例えば、
589になる2つの素数を突き止めるのには
家庭用のパソコンで3分もかければ
素数が31と19であることが分かる。
だが、実用化されている非素数は100桁を超えるため
世界一性能のいいコンピューターを使っても数年かかる。
年に1度、暗号鍵を変更すれば、
敵のスパイはまた計算を最初からやり直さなければならない。
村山覚 16年7月16日放送
APOLLO 11 ウォルター・クロンカイト
1969年7月。
人類は「月」を見上げていた。
そこには2人の男とテレビ中継用のカメラを搭載した
月着陸船がいた。
アポロ11号。人類初の月面着陸という
かつてないミッションを遂行するためには
科学技術の発展だけではなく、大衆の支持も不可欠だった。
なぜなら、アポロ計画には莫大な国家予算が
注ぎこまれていたからだ。
アメリカの三大放送局のひとつCBSは
142台のカメラ、1000人近いスタッフを投入し、
32時間に及ぶ特別番組「MAN ON THE MOON」を制作。
名物キャスター、ウォルター・クロンカイトが
月面での一挙手一投足をリアルタイムで伝えた。
クロンカイトの座右の銘は「完璧に至る近道はない」。
関係者ひとり一人の想いの積み重ねが、
38万6200キロという距離をこえた。
村山覚 16年7月16日放送
APOLLO 11 ウォルター・クロンカイト
月面着陸は、私を、興味深くも
非常に感情的にさせた。
あの乗り物が月に着陸したとき、
私はことばが出なかった。
本当に、私は、何も言えなかった。
CBSイブニングニュースのアンカーマン、
ウォルター・クロンカイトは
その落ち着いた語り口と
徹底的な取材に基づいた報道姿勢が評価され、
アメリカの良心、大統領よりも信頼できる男、
などと言われた大ベテランだ。
彼は宇宙を愛し、アポロ計画に賛同していた。
もちろんアポロ11号についても、
事前の入念な取材によって
数多くの言葉を準備していたはずである。
どんな時も、どんなニュースでも、
的確な言葉で流暢に話すクロンカイトが
月面着陸の直後、言葉につまった。
沈黙は、時に、なによりも雄弁だ。