澁江俊一 16年7月10日放送
探検家と納豆
今日は、納豆の日。
外国人は納豆を食べないとか
納豆は日本人ならではの食材とか
私たちはよく口にするが、
本当だろうか?
探検家であり作家の高野秀行は
タイやミャンマー、中国やブータンなど
アジア各地を回り、
納豆を食べる文化と次々と出会った。
そこでは
様々な調味料と合わせたり、
煮たり焼いたり炒めたりせんべいにしたり
納豆が幅広く調理されていた。
アジアでの納豆料理の
レパートリーの豊かさを見た高野は
「日本はむしろ納豆後進国なのではないか?」
と感じたという。
納豆は日本のもの
そんな常識は、
そろそろ賞味期限切れなのかもしれない。
佐藤理人 16年7月9日放送
ゴーストライターズ 「ダンテ」
1321年、ダンテが亡くなったとき、
「神曲」の一部は行方不明だった。
二人の息子ヤコポとピエトロは、
何ヶ月もかけて遺品を探したが、
ついに見つけることはできなかった。
ある晩、ヤコポは父の夢を見た。
夢の中でダンテは白い服に身を包み、
まばゆい光に包まれていた。
ヤコポが作品は完成したのか尋ねると、
ダンテは頷き、書斎の秘密の場所を教えた。
翌朝、教えられた場所を調べると、
小さな隠し戸棚があった。
中にはカビに覆われた
「神曲」の最後の数ページが入っていた。
佐藤理人 16年7月9日放送
ゴーストライターズ 「アーヴィング」
1859年のある夜。
コグスウェル博士はニューヨークの図書館で、
本を読むひとりの友人を見かけた。
アメリカ最古の幽霊小説、
スリーピー・ホロウの伝説
の作者ワシントン・アーヴィング。
しかし彼はそこにいるはずがなかった。
数日前亡くなったばかりだったからだ。
コグスウェルが声をかけようとすると、
アーヴィングは本を戻して消えた。
生前、幽霊を信じていなかったアーヴィング。
死後に自分が幽霊となって現れたと聞いたら、
さぞ面白がったことだろう。
佐藤理人 16年7月9日放送
ゴーストライターズ 「ワース」
1913年、パール・カランは交霊術の会に出た。
催眠術にかかった彼女は、
ペーシェンス・ワース
という名前を書いた。
その日以来、催眠状態になると、
彼女はワースという別人格になり、
さまざまな歴史小説を口述した。
キリストの時代を描いた「悲しい物語」、
19世紀を舞台にした「ホープ・トゥルーブラッド」、
中世の英語で書かれた「テルカ」。
作品はどれも評論家から高い評価を得た。
しかし不思議なことにカランは、
歴史については何の知識もなく、
中世の英語を勉強したことさえなかった。
佐藤理人 16年7月9日放送
ゴーストライターズ 「ブラウン」
1964年、フランツ・リストが目の前に現れたとき、
ローズマリー・ブラウンは驚かなかった。
彼女に楽譜を書き取らせた作曲家の幽霊は、
彼が初めてではなかったからだ。
リストは一度に数小節ずつ書き留めさせた。
ショパンは1音ずつ彼女の指を鍵盤へ導いた。
シューベルトは40ページに及ぶソナタを歌って聴かせた。
ベートーヴェンは10番目と11番目の交響曲を完成させた。
何人もの専門家が調べたが、詐欺の証拠は見つからなかった。
楽譜はどれも作曲家たちの作風と完全に一致していた。
何より彼女はブラームスの幽霊が指導したにもかかわらず、
ピアノがほとんど弾けなかった。
佐藤理人 16年7月9日放送
ゴーストライターズ 「リンカーン」
1865年のある夜。リンカーンは夢を見た。
夢の中で彼はホワイトハウスの東の間にいた。
そこには棺の安置台があり、
葬儀服に包まれた遺体が乗っていた。
周りでは護衛の兵士や大勢の人々が、
遺体を見て泣いていた。
誰が死んだのかね?
リンカーンは兵士の一人に尋ねた。
大統領です
彼は答えた。
暗殺者に殺されたのです
夢から覚めたリンカーンは、
親友に内容を書き留めさせた。
数日後の4月14日。リンカーンは暗殺された。
遺体はホワイトハウスの東の間に運ばれた。
大友美有紀 16年7月3日放送
「宇宙飛行士という仕事」夢が使命に・大西卓哉
1975年生まれ、大西卓哉。
職業、宇宙飛行士。
予定通りにいけば、日本時間7月7日、
七夕の日にソユーズに搭乗し、
国際宇宙ステーションへと旅立つ。
約4ヶ月の長期滞在クルーとして、
日本の実験棟「きぼう」でのミッションを担う。
映画「アポロ13号」が宇宙を目指したきっかけだった。
宇宙飛行士という職業が、
「自分の夢」から「国民の期待と未来を担う使命」に
変わったとき、責任の重大さを実感しました。
小さな物語でも、自分の人生の中では、誰もがみな、主人公。
さだまさしの歌に勇気づけられることもあるという。
大友美有紀 16年7月3日放送
NASA Johnson
「宇宙飛行士という仕事」アイスブレーク・大西卓哉
宇宙飛行士選抜試験のひとつに「閉鎖環境試験」がある。
外界から謝絶された環境で作業を行い、精神心理特性や社会性が確認される。
試験の過程では、チームに沈滞ムードが漂う場合もある。
そんな時、ムードを一変させる「アイスブレーク」をもたらす。
これも宇宙飛行士として重要な資質である。
国際宇宙ステーションの次期長期滞在クルー・大西卓哉は、
閉鎖環境試験での自己アピールで、
強烈なアイスブレークの資質を示した。
ミュージカル「夢から覚めた夢」の二人の少女、
「ピコ」と「マコ」のやりとりを朗々と歌い上げ、
迫真の演技を披露し、閉鎖設備の中にいたメンバーはもとより
外部モニターを見つめていた審査員の注目を集めた。
夏休みの宿題は、最後の週にまとめてやるタイプ。
好きな食べ物はラーメン。
ジェットコースターは大好き!だけど高所恐怖症。
どこにでもいそうな40代のこの男は、
7月7日、宇宙に向けて飛び立つ。
大友美有紀 16年7月3日放送
「宇宙飛行士という仕事」異色の宇宙飛行士
1961年、ソ連のガガーリンが地球を飛び出してから、
現在まで、宇宙飛行の経験者は550人ほどしかいない。
今の宇宙での仕事は、ほとんどが国際宇宙ステーションでの
ミッション。宇宙飛行経験者の数も絞られている。
スペースシャトルが数多く飛び立っていた頃は、
様々なタイプの宇宙飛行士がいた。
なかでも異色だったのは、サウジアラビアの王子、
サルタン・アル・サウド。アラブ世界、初の宇宙飛行士だ。
1985年、ディスカバリー号に搭乗し、アラブの衛星放出を担当した。
イスラム教の敬虔な信徒で、宇宙にコーランを持参し、祈りを捧げた。
世界各国から集まったクルーとともに搭乗していた。
最初の1日か2日は、みんなが自分の国を指していた。
3日目、4日目は、それぞれ自分の大陸を指した。
5日目、私たちの目に映っているのは、たった1つの地球だった。
王子の発言から、認識の地平が徐々に、
確実に広がっていく様子が伝わる。
宇宙は人の意識を変える。
大友美有紀 16年7月3日放送
「宇宙飛行士という仕事」コマンダー・若田光一
2013年11月から2014年5月まで、
国際宇宙ステーションに長期滞在した若田光一。
日本人初の船長、コマンダーとしてその能力を発揮した。
アメリカ、ロシアをはじめ、各国の宇宙飛行士と接してきた
若田は、人間の個性を卵にたとえる。
国籍の違いによる文化・言語・習慣等の違いは「卵の殻」の部分。
卵の中身こそが、その人の性格の根幹です。
殻を割って中に入らなければ、
その人がどういう人か分からない。
だから、コミュニケーション能力と相手を理解する寛容性は重要だという。
卵の殻ばかり見ていると国籍の違いにばかり目がいってしまう。
宇宙船の船長ではない私たちにも、必要な考え方かもしれない。