佐藤延夫 15年3月1日放送
人体と会話した男たち アレクサンダー・フレミング
イギリスの細菌学者アレクサンダー・フレミングが
ブドウ球菌の培養をしているときに、その事件は起こった。
実験中の皿に青カビが舞い込み、
ブドウ球菌の成長を止めてしまったのだ。
しかし彼は、この無惨な実験結果から
インスピレーションを得た。
青カビを培養し濾過した液体には
抗菌物質が含まれている。
世界初の抗生物質「ペニシリン」の発見だった。
偉大なる発見は、失敗から生まれることが多い。
佐藤延夫 15年3月1日放送
人体と会話した男たち ウイリアム・ハーベー
「体の中を循環する血液。そのスタート地点は肝臓である」
「心臓の壁には無数の穴が空いている」
これは17世紀まで本当に信じられていた学説だ。
イギリスの解剖学者ウイリアム・ハーベーは、
それを真っ向から否定した。
彼の血液循環論によると、
血液はポンプの役割を果たす心臓を出発点とし、
動脈から静脈に流れ、また心臓に戻る。
今なら小学生でもわかりそうな知識だが、
そんな学説を唱えたハーベーを
当時の人々は「いかさまの医者」と陰口を叩いた。
真実はいつも困難を伴う。
佐藤延夫 15年3月1日放送
人体と会話した男たち ロベルト・コッホ
ドイツの片田舎に住んでいた医者が、
妻に買ってもらった顕微鏡で
炭疽病の研究に没頭する。
そして炭疽病の原因は微生物だと突き止め、
特定の微生物が特定の病気を引き起こすことを
はじめて証明してみせた。
彼の名は、ロベルト・コッホ。
ただ一種類の細菌だけ純粋に培養する方法を編み出し、
それはやがて結核菌やコレラ菌の発見にまで繋がっていく。
細菌学の権威となったコッホは、活躍の場を世界に広げる。
南アフリカで流行病の治療法を研究し
インドに赴きペスト菌の免疫を調査すると、
再びアフリカへ向かった。
晩年、コッホは妻とともに世界一周をする。
だが残念なことに、若かりしころ顕微鏡を買ってくれた妻ではなく、
のちに再婚した30歳も年下の女性だった。
永遠の愛というものは、学者でもなかなか発見できない。
佐藤延夫 15年3月1日放送
人体と会話した男たち 北里柴三郎
1860年に勃発した
フランスとプロイセンの戦い、普仏戦争では
兵隊の3分の1が破傷風で死んだと言われている。
治療法としては、病原菌の純粋培養が期待されたが
当時の技術では不可能というのが一般的な意見だった。
日本の医学者、北里柴三郎は
細菌学の権威、ロベルト・コッホに師事したのち、
破傷風の純粋培養に成功してみせる。
コッホは優秀な門下生の働きに、こう自慢したという。
「私のところには、北里がいる。」
佐藤延夫 15年3月1日放送
人体と会話した男たち ルイ・パスツール
それは、世界最古の発見だった。
中国の遺跡で発見された陶器には
醸造酒の成分が残っていた。
つまり紀元前7000年あたりには
すでに酒が飲まれていたことを証明する。
それほど長い歴史を持ちながら、
「なぜアルコールができるのか」という
単純な理由が明らかになるのは、19世紀を待つことになる。
発見者はフランスの生化学者、ルイ・パスツール。
醸造業者から受けた依頼がきっかけだった。
ワインの樽が2つあり
片方は発酵してアルコールになるが
もう一方は酸っぱくて飲めないと言う。
パスツールは、
発酵した樽には酵母菌が存在し、
アルコール発酵の要因となることを突き止める。
そしてフランスの醸造業者の危機を救ったそうだ。
細菌学の権威とも言われるパスツールだが、
実はお酒の功労者でもあったりする。
パスツールさん。
いつも美味しいワインをありがとうございます。
佐藤延夫 15年3月1日放送
人体と会話した男たち フレデリック・バンティング
膵臓から分泌されるインスリンが不足すると、
血液中の糖が増加していく。
今や10秒もあれば糖尿病の情報くらい
インターネットで簡単に見つけられるが、
ほんの100年前まで
その原因すらわかっていなかった。
カナダの医学者、フレデリック・バンティングは
膵臓のランゲルハンス島から分泌される
インスリンの抽出に成功する。
それはやがて遺伝子工学の扉を開くきっかけにもなるのだが・・・
ちょっと糖尿病が心配になった皆さん。
春になったら健康診断に行きましょう。
佐藤延夫 15年3月1日放送
人体と会話した男たち ロナルド・ロス
マラリアの語源はイタリア語である。
直訳すると「悪い空気」。
その病原菌は、蚊によって媒介されるが
全ての蚊が犯人ではない。
全世界で2500種類と言われる蚊の中から
真犯人のハマダラカを発見したのが、
イギリスの医学者ロナルド・ロスだった。
それは、小さな蚊の小さな胃の中を調べるという
気の遠くなるほどミクロな作業。
佐藤延夫 15年3月1日放送
人体と会話した男たち イワン・パブロフ
犬に餌を与えるとき必ずベルを鳴らすと、
やがて犬はベルの音を聞いただけでよだれを流す。
「パブロフの犬」という
あまりにも有名な条件反射の話だが、
ロシアの生理学者イワン・パブロフは、
その後も実験を繰り返した。
ベルの音を聞かせるだけで餌を与えなかったらどうなるか。
ベルを鳴らしたあとに犬の気を散らすような刺激を与えると、どんな結果になるか。
年数にして30年。
亡くなる3年前までパブロフは、このような実験を繰り返した。
ちなみに、パブロフがノーベル賞を受賞したのは
食べ物を消化する「消化腺」のはたらきについてなのだが、
壇上でのスピーチでは、条件反射の話ばかりしていたそうだ。
名雪祐平 15年2月28日放送
Taishi
わび 前衛 利休
千利休。
わびの世界を極めた男。
その男がなぜ、黄金の茶室を作ったのか?
派手好きの秀吉の命だったとはいえ。
壁も天井も茶碗も金。
畳と障子は赤。
昼の明るさには、
まばゆいばかりの空間。
しかし、利休が企んだのは夜だったという。
闇に一本の蝋燭をつけるのだ。
すると、まわりが
ぼーっと鈍い金色に浮かびあがる。
派手な小さな空間に
わびの無限の宇宙ができあがる。
蝋燭の炎がゆれれば、
金色の宇宙もゆらゆら、ゆれただろう。
名雪祐平 15年2月28日放送
KYR
わび 前衛 利休
完全は不完全である。
不完全は完全である。
千利休は息子の少庵が
茶室につづく露地を掃除するのを見ていた。
掃除を終えたとき、利休は
「まだきれいになっていない」と
何度もやり直させた。
「父上、これ以上は無理です。
小枝一本、木の葉一枚も地面にはありません」
利休はたしなめた。
「露地の掃除はそのようにするものではない」
利休は一本の木に手をかけて揺すりはじめた。
すると、はらはらと紅葉が舞い、
露地に散った。
そこには人工の完全な美しさではなく、
自然な不完全な美しさがあった。