松岡康 14年7月27日放送
Bluetooth
今日7月27日は、政治を考える日。
この放送を、
あなたはどうやって聞いているだろう。
ヘッドホンやスピーカーに、Bluetoothで飛ばして
聞いている人も多いかもしれない。
実はこのBluetooth、
実在の国王にちなんで
つけられた名称なのだ。
9世紀のデンマーク王、ハーラル1世。
彼のあだ名は『青い歯の王』。
戦争ではなく交渉によって
デンマークとノルウェーを統一し、
スカンジナビア最初の統一王国を築いた。
その平和的手法は、今でも高く評価されている。
「乱立した無線企画を統一したい」
Bluetooth開発者の頭には、
1000年以上前の「青い歯の王」が浮かんだのだ。
松岡康 14年7月27日放送
ケネディが敬愛する侍
今日7月27日は、政治を考える日。
1961年、第35代米国大統領に就任したジョン・F・ケネディは、
日本人記者団から「日本で最も尊敬する政治家はだれか」
という質問をうけ「上杉鷹山(ヨウザン)です」と答えた。
上杉鷹山は江戸時代中期に米沢藩を治めた大名だ。
17才で藩主となるが、当時、米沢藩は財政が破綻し、
土地は荒れ果て、廃虚のような家々が並んでいた。
そんな中、彼は改革に踏み切った。
自らの生活費を1500両から200両にまで減らし、
刀を鍬に持ち替えて土地を耕し始めた。
やがて彼の改革に共鳴した下級武士達が
自ら荒れ地を開墾して新田開発に取り組みはじめ、
家臣の妻子も養蚕や機織りに携わった。
改革は次第に大きな成果を挙げるようになった。
改革をはじめて18年。
35才の若さで、前藩主の息子治広に藩主の座を譲った。
その際、鷹山は息子をこう戒めた。
人民の為に君主があるのであり、君主の為に人民があるのではない。
日本にはかつて、世界に誇る政治家がいた。
今の日本、鷹山ならどう改革するだろうか。
渋谷三紀 14年7月26日放送
Nazir Amin
アツい人 さかなクン
カラフルなハコフグの帽子をかぶり、
魚に関する知識を、溢れんばかりの情熱で語る、
ご存知、さかなクン。
人気タレントとして活動する傍ら、
絶滅魚と考えられていたクニマスを再発見したことは
魚類学の世界で、歴史的業績と称えられている。
小学生の頃のさかなくんはといえば、
授業中も隠れて魚の絵ばかり描き続けていた。
成績の良くないさかなクンを見かねて
もっと勉強させるよう助言した担任に、
さかなクンのお母さんは、こう言い放った。
この子は魚が好きだから、
それでいいんです。
魚を愛するさかなクンのアツさは、
そのままぴたりと、
息子を愛する母親のアツさに、重なる。
岡安徹 14年7月26日放送
アツい人 手塚治虫
日本の漫画界の父、そして伝説でもある手塚治虫。
その手塚が起こしたアニメ制作会社が「虫プロダクション」。
これは手塚の名前から、「虫」を取ったものとも
いわれているが、
手塚自身は「ここにいるのは皆仕事の虫」だから
そして「仕事場は蒸し風呂みたいに暑いしね」
とネーミングの秘話を語っている。
漫画を描くのが好きで好きでたまらない。
熱い気持ちで「100歳まで漫画を描きたい」と語る手塚も、
やがて床に伏せるようになる。
それでも彼は、まどろむ意識の中でペンをとろうとした。
「頼むから、仕事をさせてくれ」
これが、手塚の最後の言葉とされている。
好きなものに、すべてを捧げること。
手塚治虫の心は
いまもその漫画から語りかけてくる。
宮田知明 14年7月26日放送
darkmatter
アツい人 城島茂
TOKIOのリーダー、城島茂。
その、のほほんとしたキャラクターから、
「やさしい人」というイメージが強い。
あるとき、
24時間テレビのマラソンランナーに選ばれた。
別の番組の打合せと説明されて入った会議室には、
日本テレビの社員の人たちがズラリと並んで
深々と頭を下げていた。
「お願いします」
その状況に戸惑いながらも、彼もこたえた。
「逆に、お願いします。
24時間走らせてください。自分ひとりで走るんじゃない。
いろんな思いを背負って走りたい。」
城島はアツイ。
それを知っているからこそ、
メンバーたちはこう思うのかもしれない。
「TOKIOのリーダーは、彼しかいない。」
伊藤健一郎 14年7月26日放送
アツい人・野茂英雄
もっと見たい!と、
活躍を望まれるなかで引退する。
スポーツ界には、そんな「引き際の美学」があるという。
けれど、野球選手、野茂英雄が貫いたのは、
それとは真逆のものだった。
「花があるうちに辞めるんじゃなくて、
落ちぶれてボロボロになっても、投げ続けようと決めました」
メジャーリーグからマイナーリーグに降格しても、
ベネズエラリーグでプレイすることになっても、
決して曲げなかった、野茂英雄の「引かない美学」。
引退会見で彼の口をついて出たのは、
「悔いが残る」という一言だった。
飯國なつき 14年7月20日放送
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それぞれの人生① ロベルト・ベニーニ
映画監督ロベルト・ベニーニは、
「子ども」という存在について、こう語る。
子どもは、トラのようなものさ
相手は神秘とエネルギーの塊
トラになぜ縞模様なのかと尋ねてもムダだ
それは謎なんだ
子どもも謎の存在だ
受け入れるしかない
あるがままを受け入れて
自由にさせる
そんな想いからだろうか。
映画「ライフ・イズ・ビューティフル」では、
第二次世界大戦下、ユダヤ人収容所に囚われながらも、
わが子が子どもらしくいられるよう
努力を重ねる父親を描いた。
私たちも、
子どものあるがままの姿を守れているだろうか。
飯國なつき 14年7月20日放送
**Mary**
それぞれの人生② 牧野富太郎
「日本植物学の父」、牧野富太郎。
採集した標本は約50万点、命名した植物は2500以上という
おびただしい実績を持ちつつも、
成果が認められだしたのは、晩年になってからのことだった。
それまで、生家の没落、大学での冷遇などの憂き目にあいながら、
1人でコツコツと、植物の研究に明け暮れていたという。
一生を植物にささげた牧野の、
植物に対する深い愛情を感じさせる、
こんなことばが残っている。
花は黙っています。
それなのに花はなぜあんなに快く匂っているのでしょう?
思い疲れた夕など、窓辺に薫る一輪の百合の花を
じっと抱きしめてやりたいような思いにかられても、
百合の花は黙っています。
飯國なつき 14年7月20日放送
それぞれの人生③ 筒井康隆
小説といえば、セリフがあって、地の文があって、
物語に必要なエピソードが連ねてあるもの。
そんなルール、誰が決めたんだ?
筒井康隆の小説は、そう問いかけてくるかのように、
小説の「型」を壊し続ける。
『虚人たち』では、
主人公の思考を1秒も余さず描写し、主人公が意識を失うと、
ページは白紙になった。
『ダンシング・ヴァニティ』では
同じシーンを少しずつパターンを変えながら繰り返し、
人生の中での「もしあの時ああしていたら」という
誰も思ったことのある夢想を具現化した。
『朝のガスパール』では
新聞連載上で、現実の投書の内容が小説の中に出てきて
主人公の小説家を悩ませ、今でいうインタラクティブのはしりを実践していた。
純文学とSFの境目を自由自在に行き交い続けた60年は、
挑戦の歴史でもある。
巨匠と呼ばれるようになっても、
その挑戦心はとどまることを知らない。
一昨年には、77歳にしてライトノベルにまで進出し、
往年の筒井ファンを驚かせた。
森由里佳 14年7月20日放送
その人の生き方④ ジーン・ケリー
類い稀なる芸術センスで、
ハリウッド・ミュージカル映画の黄金時代を築いた男、
ジーン・ケリー。
ダンサー、俳優、振付師。時には脚本家、映画監督として、
世界中の人々を魅了した。
ジーン・ケリーの最後の出演作
「ザッツ・エンターテインメントⅢ」で彼はこう話す。
The song has ended, but the melody lingers on.
曲が終わっても、そのメロディーは残り続ける。
映画をしめくくるこの台詞は、
彼の俳優人生をもしめくくる台詞となった。