佐藤延夫 13年11月2日放送
節目のとき 山﨑武司
一度は引退を考えた男が、
見事に復活し、そして羽を休めるときを迎えた。
中日ドラゴンズの背番号7。
山﨑武司は、豪快なバッティングと
屈託のない笑顔が誰よりも似合う選手だった。
これは、引退セレモニーのときの言葉。
「今日試合に出て、諦めがつきました。
ユニフォームを脱ぐ決心が今さっき、つきました」
最後の最後まで、
選手人生に未練を残す正直さが、
彼という人、そのものなんだろう。
佐藤延夫 13年11月2日放送
節目のとき 宮本慎也
あるベテラン選手が引退会見で言った言葉に
多くのファンが驚かされた。
「楽しんでプレーしたことは、一度もない」
東京ヤクルトスワローズの背番号6。
宮本慎也は、今シーズンで選手生活を終えた。
不思議な縁に導かれた19年だった。
人生観を変えた、野村監督との出会い。
そして、現在の小川監督は、
自分が入団するとき、スカウトをしていた人物だ。
神宮球場での最終戦、宮本の最終打席。
あわやホームランという打球が舞い上がった。
スタンドにあと一歩届かず捕球されると、
彼はようやく、晴れやかな、楽しそうな笑顔を見せた。
小野麻利江 13年10月27日放送
おやつのはなし マキコさんのシュークリーム
高野文子(たかのふみこ)の漫画
「バスで四時に」の中に出てくる、
八個のシュークリーム。
お見合い相手の家へ向かうバスの中で、
主人公のマキコさんは、手みやげに買った
シュークリームを数えだす。
あちらが三人、あちら入れて四人
あとから遅れてもうひとり 三つあまる
これはきっとあしただ
あした、あちらで一つずつ
不安と緊張、そして八個のシュークリームを抱えて
バスは未来へ進んでいく。
小野麻利江 13年10月27日放送
おやつのはなし 池波正太郎の好事福盧
「好事福盧(こうずぶくろ)」というお菓子がある。
中身をくりぬいた紀州蜜柑の皮に
蜜柑のゼリーをぎっしりと詰め込んだ
この京都のお菓子を
池波正太郎は、こよなく愛していた。
好事福盧が3つ手に入ると
ホテルですぐさま1つ食べ、
残る2つは冬の冷えたベランダに出しておき、
ほどよく冷えたものを、
缶ビールで楽しんでいたという。
ゼリーをすくい口へ運ぶと広がる、キュラソーの香り。
そのさわやかさに酔いしれながら、
池波は感慨にふけっていた。
菓子をあんまり食べなくなった私だが、
こういう菓子なら、いくつでも食べられる。
熊埜御堂由香 13年10月27日放送
nurpax
おやつのはなし 小林カツ代 母のフライパンケーキ
料理研究家小林カツ代。
豪快に笑い、優しい味の家庭料理を
つくる、まさに日本のおっかさん。
そんな彼女は、子どもの頃
内気で、小学校も休みがちだったという。
家がなにより好きで、
お母さんも彼女に登校を無理強いしなかった。
そんなある日、お母さんは遠足のおやつに
大きな大きなフライパンケーキをつくった。
その名のとおり卵とバターと小麦粉を
フライパンでこんがり焼いたやわらかなケーキ。
それをまあるいままもっていかせた。
すると同級生たちがワッと集まってきた。
「カツ代ちゃん、ちょっとちょうだい」
「少しでいいからわたしも!」
つぎの遠足も、そのつぎの年も、お母さんは
フライパンケーキを焼いてくれた。
小林カツ代は
のちにこんな子育て論を披露している。
子どもにはそんなにごたいそうなこと
伝えなくても、おいしいもの作って育てたら
スクスク育つんやないでしょうか?
石橋涼子 13年10月27日放送
おやつのはなし ジョージ・ハリスン
ビートルズに「サヴォイ・トラッフル」という曲がある。
ジョージ・ハリスンによる作詞・作曲で
親友のエリック・クラプトンへ捧げた曲だという。
と言っても友情を歌っているわけではなく。
大の甘党で虫歯になったクラプトンをからかい、
チョコレートの名前をたっぷり歌いこんだ後に、歌詞はこう続く。
what is sweet now, turns so sour
今は甘いものが、あとで酸っぱくなるぞ
親友だから言える、甘い皮肉。
茂木彩海 13年10月27日放送
jordanmit09
おやつのはなし 川端康成のクッキー
日本を代表する小説家、川端康成。
小さなお弁当を4回に分けて食べるほど食が細かったが、
どうも甘いものは別腹だったよう。
急性糖尿病にかかるほどの甘いもの好きだった。
そんな川端が「フランスでも滅多に味わへない本格的な良心的な作品」
と絶賛し、幾度となくおやつにした東京駒込の洋菓子店、カドのクッキー。
初代店主の高田壮一郎は、
日本人としてフランスへの菓子留学を果たした第一号生。
当時から珍しいお菓子がある店として有名だったという。
店内には川端直筆の推薦状が、いまでも額に入って飾られている。
洋菓子のほんとうを同好の人びとに知ってもらへるのは、
私の自慢でもある。
この「同好の人びと」の一人は、川端と師弟関係だった三島由紀夫。
彼もまた、カドの洋菓子をよくおやつに食べていたという。
おやつの好みが合えば、2人の絆はずっと深い。
薄景子 13年10月27日放送
Brief Gasp
おやつのはなし 向田邦子の水羊羹
砂糖壺にいっぱいの砂糖があったらなぁ
いつその日が来るんだろう
そうつぶやくのは、少女の頃の向田邦子。
食糧事情が最悪だった戦前に、
まわりの人を喜ばせたい一心で
さつまいもの茶巾絞りや、
アルミの大きな弁当箱で寒天菓子をつくった。
少女はやがて、お菓子を見極める天才になり、
南青山の水羊羹をこよなく愛したという。
新茶の出るころから店に並び、
うちわを仕舞う頃にはひっそりと姿を消す、
その短い命がいい
向田邦子に書かれると、
おやつはみんな生き物になる。
茂木彩海 13年10月27日放送
おやつのはなし 手塚治虫の漫画
手塚治虫は生前、こんな言葉を残している。
将来、漫画が子供の”おやつ”から”主食”になって、
そのうち空気のように偏在する時代がくる。
予想は的中。今や漫画は世界に誇れる文化になった。
手塚先生、
あなたが愛したおやつはちゃんと、日本を支える主食になっています。
薄景子 13年10月27日放送
3liz4
おやつのはなし 安藤鶴夫の鯛焼き
しっぽまであんこが入った鯛焼き。
今ではすっかり主流となったが、
そのきっかけをつくったのが
演劇評論家の安藤鶴夫である。
昭和28年、各界の著名人が
名店の美味しいものを紹介する連載で、
安藤は自宅近くにある駄菓子屋の
ひとつ10円の鯛焼きをとりあげた。
なんでも上げ底の世の中にあって、
尻尾まで餡の入るたいやきに人間の誠実さを味わった。
安藤はうまいまずいの話ではなく、
しっぽのあんこで豊かな気持ちになってほしいと願う
鯛焼き屋の心意気に感動したのだ。
記事は大反響を呼び、店は一躍有名に。
世の中の鯛焼きたちのしっぽには
あんこがぎゅうっとつめられていった。
人間に感動する男、安藤鶴夫は、
「カンドウスルオ」と呼ばれたという。