佐藤理人 13年10月20日放送
フェルマーの遺産「ワイルズ⑤ 登頂成功」
350年間、世界中の数学者の前にそびえ続けた、
数学史上最大の未踏峰「フェルマーの最終定理」。
イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズは
頂上まであと一歩のところで遭難しかけていた。
ザイルを投げたのは、またも日本人だった。
1994年9月19日、月曜の朝。
天啓がワイルズを打った。
岩澤健吉の編み出した「岩澤理論」。
この代数的整数論を使えば
証明が完成することに気づいたのだ。
なぜ今まで気づかなかったのか不思議なほど
単純で優雅なとても美しい瞬間でした
翌朝、彼は証明をもう一度精査すると、
妻に「できたと思う」とだけ告げた。
350年間の謎がついに雪解けを迎えた。
数学者ヤコービは言った。
数学は人間精神の栄光のためにある
非難と恥辱に塗れた8年間。
ワイルズは努力と信念と勇気、
何より数学への愛でそのすべてを乗り越えた。
それは、まぎれもなく人間精神の勝利だった。
佐藤理人 13年10月20日放送
フェルマーの遺産「セーガン」
宇宙人に聞きたいことはありませんか?
アメリカの天文学者カール・セーガンは時々、
宇宙人とコンタクトできると称する人から
そんな手紙をもらうことがある。
聞けば、宇宙人はとても進歩しているらしい。
だからセーガンは決まってこう尋ねる。
フェルマーの最終定理を証明してください
返事をもらったことはまだ一度もないそうだ。
三島邦彦 13年10月19日放送
おいしい料理をつくるひと
滋賀県の比良山(ひらさん)。
京都と若狭をむすぶこの山に、
「比良山荘(ひらさんそう)」という料理宿がある。
名物は「月鍋」。
雪と花の間の時期に食べることから、
雪月花の真ん中の月を取って名付けられたというこの鍋には、
比良山の猟師が仕留めた新鮮な熊の肉がたっぷりと入っている。
比良山荘の主人、伊藤剛治は
熊への思いをこう語る。
僕自身、熊の味がとてもすきで、
死ぬときになにを食べたいかいうたら、
やっぱり熊やと思うんです。
山の精霊である熊を、猟師が命がけで仕留め、伊藤が魂をこめて料理する。
熊も、猟師も、伊藤も、同じ山で生まれ育った仲間たち。
だからこそ、伊藤が作る月鍋には純粋な、山の恵みの滋味がある。
三島邦彦 13年10月19日放送
おいしい料理をつくるひと
金沢の寿司の名店、小松弥助。
店主の森田一夫が軽妙に寿司を繰り出すその様は
「弥助劇場」と呼ばれ、多くの食通の心をつかんで離さない。
66歳の時、森田は一度店を閉めたことがある。
金沢を離れ、京都での隠遁生活。
余生をゆっくりと過ごすはずだった。
しかし、ふた月も経つとすぐにカラダがうずきはじめた。
森田は言う。
魚屋の魚が私を呼んでいるように見えました。
買うて、買うて言いよるんです。
寿司を握ることは己の天命。
それを知っているから、
82歳を超えた今日も、森田の「弥助劇場」の幕が開く。
中村直史 13年10月19日放送
おいしい料理をつくるひと
史上最高のフランス料理人
ともいわれるフェルナン・ボワン。
彼の料理は世界中で称賛されたが、
彼自身、世界を驚かせようとは思っていなかった。
地元の食材をつかって、地元の人々のために、おいしい料理をつくる。
地元が、自分を育ててくれたのだから、
自分が学んだことは地元にかえしたい。それだけ。
ボワンはこんな言葉を残していている。
若者よ、故郷に帰れ。 その町の市場へ行き、その町の人のために料理を作りなさい。
ボワンにとっての恩返しは、料理だった。
あなたが故郷にできることは何ですか?
中村直史 13年10月19日放送
おいしい料理をつくるひと
料理人は、料理のおいしさで、腕前をアピールする。
けれど、そのシェフにとって、
料理のおいしさでアピールしたいのは
その食材を生んだ土地や人。
上柿元勝(かみかきもと まさる)。
日本のフランス料理界を牽引してきたグラン・シェフ。
彼の料理から伝わるのは、食材のすばらしさ。
その食材を生みだした土地と人間のすばらしさ。
言ってみれば、この世界のすばらしさ、である。
そんな上柿本の口癖は、
素材に感謝、自然に感謝、生産者に感謝、
食材業者に感謝、お客様に感謝、スタッフに感謝。
世界に感謝して、料理は生まれる。
松岡康 13年10月13日放送
引越しの日
10月13日、今日は引越しの日。
明治天皇が京都御所から
いまの皇居におうつりになった日にちなんで、
この日が制定された。
実はこの引越し、かなり大変だった。
天皇が東京に行ってしまうことに、
京都市民が猛反発したからだ。
このとき天皇は、
京都市民に向けてこう語ったという。
東京は未開の地。
教化のため、度々東京に行幸するが、
決して京都を見捨てる訳ではない。
今でも天皇が京都を訪問するとき、
街の人は「おかえりなさい」
という気持ちで出迎えるのだ。
礒部建多 13年10月13日放送
Ben Grogan
北島康介と引越し
オリンピック2種目連覇。
北京での北島康介の泳ぎは、
見る者すべてを魅了した。
しかしその直後、彼は10カ月も水泳を離れてしまう。
復帰のために北島が選んだ場所は、
住み慣れた日本ではなく
アメリカのカリフォルニア州であった。
プレッシャーのない場所で、純粋に水泳を楽しみたい、
そういう気持ちがあったという。
「自分らしさを失うより、
自分らしさを出して終わった方が、
記録が出なかったとしても満足できる。」
パンパシフィック水泳で北島は、
誰よりも速い泳ぎを見せ
世界最高記録をたたき出した。
そしてその日、誰よりも楽しそうに泳いだのも
また、北島だった。
澁江俊一 13年10月13日放送
Gnsin
宮崎駿と引越し
「僕は自由です」
そう語り引退を表明した宮崎駿監督。
その宮崎作品には、本当によく「引越し」が描かれる。
「となりのトトロ」では緑の多い郊外の
古い家に、サツキとメイが引越してくる。
「魔女の宅急便」でも14歳のキキは
新しく暮らす街を探す旅に出るし、
「千と千尋の神隠し」でも
物語がはじまるのは引越しの日。
「ハウルの動く城」ではもはや
家そのものがあらゆる場所に移動している。
彼が描く引越しには
ワクワクするような気分と不安。
そして自分とは違う新しいものとの出会いがある。
実は、宮崎駿自身にも、
子どもの頃に引越しの経験があった。
疎開先から、東京へ。
しかし、その引越しは決して楽しいものではなく
むしろ自分の存在の根底を揺るがすような
不安に満ちたものだった。
だからこそ彼はアニメーションで
引越しをまるで冒険のように描くことで
子どもたちにメッセージを送ったのだ。
今いる場所に安住せずに
新しい世界に会いに行こう、と。
松岡康 13年10月13日放送
北斎と引越し
かの天才浮世絵師葛飾北斎は、
実に93回引越しをしたという。
一日に3度も引越しをしたこともある。
借金取りから逃げるため、
部屋を掃除をするのが面倒だったため、
方位学のようなものに凝っていたため、
などいろいろな説があるが
そのほんとうの理由は分かっていない。
そんな引越し好きの北斎は、
89才でこの世を去る。
こんなことばを、最期に遺して。
あと5年生きることができれば、真の絵師になれるのに…
現状につねに満足せず、
進化し続けようとした彼の人生に、
引越しは欠かせなかったのかもしれない。