名雪祐平 12年12月30日放送
百年前の訃報録 ロバート・スコット
百年前、その人物が亡くなった。
イギリスの南極探検家
ロバート・スコット
南極点到達を果たした帰路、
スコットを隊長とした5名は、
連日の猛吹雪に身動きが取れなくなり、
全員遭難死した。
のちに雪の中で発見されたスコットの日記には、
底をつく食料と燃料の記録、
凍傷と、近づく死と闘う過酷な最後が綴られていた。
そして、世界にこう訴えていた。
私はこの冒険を悔いない、
危険を冒したことは知っているが、
物事にさえぎられたまでだ。
私は満足している。
良い人生だった。
名雪祐平 12年12月30日放送
百年前の訃報録 羽鳥千尋
百年前、その人物が亡くなった。
羽鳥千尋 無名の青年だった。
ある日、森鴎外に長い手紙を書いた。
貧しくて進学できないこと。
自分が病身なことから医師を目指したいこと。
そうした赤裸々な思いとともに訴えた。
先生。どうぞ私を書生に置いて下さい。
そのただならぬ文才と熱意につき動かされた鴎外は
陸軍軍医学校に働き口を世話する。
羽鳥はそこで働きながら
医師への試験を目指した。
その志半ば、肺結核が悪化し、羽鳥は絶命した。
享年25歳。
鴎外は羽鳥の手紙を元に、
短編『羽鳥千尋』を発表した。
百年前の青年の強烈な心情をいま、
私たちは読むことができる。
藤本宗将 12年12月29日放送
5番目のムーンウォーカー:アラン・シェパード 1
その男は、アメリカ初の宇宙飛行士。
だが人類の一番にはなれなかった。
NASA第1期宇宙飛行士に選抜されたアラン・シェパードは、
1961年5月5日、有人宇宙飛行に成功。
しかし人類初の宇宙飛行はそのわずか1カ月前、
ソビエトのガガーリンによって達成されていたのだ。
シェパードはつづくアポロ計画にも加わるが、
月面を歩くという人類初の偉業は
すでに後輩のアームストロングが実現したあと。
そんなシェパードが、月に向かう前
NASA上層部にひとつの申し出をした。
「月面でゴルフがしたい」
彼は、人類初の月面ゴルファーをめざしたのだ。
藤本宗将 12年12月29日放送
5番目のムーンウォーカー:アラン・シェパード 2
アラン・シェパードは、アメリカ初の宇宙飛行士。
そして、大のゴルフ好き。
そんな彼が、アポロ14号の出発前、
月面でゴルフをしたいと言い出した。
NASA最古参であるシェパードの望みとはいえ、
簡単に許可できる話ではない。
上層部も悩んだとみえて、3週間後にようやく回答が返ってきた。
「月の重力は地球の6分の1に過ぎない。
従ってボールは6倍の飛距離を見せるだろう。
容易に想像されることだが、
ロストボールを発見するために
1000ヤードの道のりを走る必要に迫られる。
余裕のない旅で、この贅沢は許されない。
…もし、ボールの行方に固執しないと約束するなら、
大いにゴルフを楽しみたまえ」
藤本宗将 12年12月29日放送
5番目のムーンウォーカー:アラン・シェパード 3
ただでさえ夢を実現するのは難しいが、
宇宙でとなればさらに難しい。
月面でのゴルフを計画していたアラン・シェパードに、
「スペース」の問題が立ちはだかった。
アポロ14号の月面着陸艇には、
クラブ1本積み込む余裕すらなかったのだ。
着陸艇の図面を前に悩むこと1週間。
月面での土壌収集に使うシャベルの柄に
シェパードはようやく余分な空間を見つけた。
そこにクラブを短縮して装着できるよう、
ジョイント式のアルミシャフトを採用。市販のヘッドを取り付けた。
まさに、必要は発明の母。
ところで、なぜ6番アイアンだったのか?
それは、シェパードがいちばん得意なクラブだったから。
藤本宗将 12年12月29日放送
5番目のムーンウォーカー:アラン・シェパード 4
アポロ14号の宇宙飛行士アラン・シェパードによる
月面ゴルフ計画は、全米の注目を集めた。
テレビ局は”GOLF ON THE MOON !”というタイトルの特番まで組んだ。
人々の関心は、ただ一点。
重力が地球の6分の1しかない月では
いったいどれほどボールが飛ぶのか?
シェパードの6番アイアンの平均飛距離は150ヤード。
単純計算すると900ヤードのスーパーショットが生まれることになる。
用意したボールは3個。
世界が固唾を飲んで注目した1打目は、失敗。
しかし2打目、3打目は手応えがあったのだろう。
シェパードは無邪気に叫んだ。
「どこまでも飛んで行ったぞ!」(Miles and miles and miles!)
もっとも実際には月の砂埃がひどくて
肝心のボールの行方はまるで見えなかった。
後に試算したところ、どうも200〜400ヤードしか飛ばなかったらしい。
すべてをはっきりさせないほうがいいこともある。
特に、夢と呼ばれるようなものは。
藤本宗将 12年12月29日放送
5番目のムーンウォーカー:アラン・シェパード 5
人類で初めて月面でのゴルフを計画し、
月の砂の上で見事なバンカーショットを決めた
宇宙飛行士アラン・シェパード。
この偉業によって
彼はゴルフ界から表彰されることになったが、
そのパーティ会場にはるばるイギリスから祝電が届く。
差出人はゴルフの総本山、
ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフクラブ。
お固いイギリス人も快挙と認めたか!
みな上機嫌で聞いていたが、
最後の一文が読み上げられると、がっくりとうなだれた。
「ご承知とは思いますが、バンカーから離れる際、
プレーヤーは自分の足跡をならさなければいけません。
以上、ご忠告まで」
ルールの重みは、地球と同じだったようだ。
藤本宗将 12年12月29日放送
12番目のムーンウォーカー:ハリソン・シュミット
宇宙飛行士は、国民的英雄。
引退後に政界へと進出する者もいる。
アポロ17号で月着陸船パイロットを務めた
ハリソン・シュミットも
上院議員選挙に立候補し、見事当選を果たした。
しかし2期目をめざした彼は、僅差で破れる。
「人類最後の月面歩行者」という栄光は、有権者には通じなかった。
対立候補の主張は辛辣だった。
「シュミットは、地球であなたのために何をしてくれましたか?」
藤本宗将 12年12月29日放送
10番目のムーンウォーカー:チャールズ・デューク
アポロ計画が成功したあと、
それがアメリカによるねつ造だと疑う者もいた。
「月面で撮影されたはずの写真なのに、
空に星が写っていないのはなぜか?」
「月面は真空であるはずなのに、
星条旗がはためいているのはなぜか?」
もちろん科学的な根拠を示すことはできる。
星が写っていないのは、
地面に露出を合わせているから。
星条旗がはためいているのは、
地表へ旗を立てたときの反動で動いているから。
だが実際に月面を歩き、そこから青い地球を眺めた者たちにとっては
いちいち反論するのもバカバカしかったのだろう。
アポロ16号の月着陸船パイロットとして月面を歩いた
チャールズ・デュークはこう答えている。
「俺達は9回も月に行っているんだ。
もし嘘なら、なんで同じ嘘を9回もつく必要がある?」
真実を知る月面歩行者は、現在までに12人しかいない。
薄 景子 12年12月23日放送
愛のはなし 夏目漱石と二葉亭四迷
夏目漱石が英語教師をしていた時のこと。
I love youを「我、汝を愛す」と訳した生徒に、
こう言ったという逸話がある。
『月が綺麗ですね』とでも訳しておけ。 それで日本人は分かるものだ。
二葉亭四迷は、トゥルゲーネフの小説を和訳するとき、
ロシア語のI love youを迷った挙句、こう訳した。
わたし、しんでもいいわ。
愛のことばは、伝える人の数だけある。
この冬、あなたはどんな言葉を贈りますか。