澁江俊一

澁江俊一 14年1月12日放送


e_haya
大人の目線

20年以上、一言もしゃべらずに
その表情や仕草だけで
日本中の子どもたちを虜にした大人がいる。

1934年生まれの俳優、
高見 映(たかみ えい)。
彼はその名前よりも、
181センチの長身から名づけられた
この役名のほうがよく知られている。

「のっぽさん」

1970年から1990年まで続いた
長寿番組「できるかな」の名物キャラクターだ。
その、のっぽさんが最も嫌いだったもの。
それは「子ども目線」に立つ大人。

子どもの賢さや鋭さは
幼稚なレベルだと決めつけて、
ほどほどの力で接しようとする。
そんな大人を彼は、大人の手抜きとして何よりも嫌っていた。
そしてどんな時でも、どんな子どもに対しても
ひとりの人間として本気で接した。

どうせわからないと思わず、全力で説明する。
怒ってほしい時は、しっかり怒る。

子ども目線という名の上から目線にならず
子どもをちゃんと大人扱いできる
のっぽさんのような大人が、増えますように。

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礒部建多 14年1月12日放送


Sarah.Marshall
大人の贅沢

レストランで生牡蠣の皿といっしょに
ダブルのシングル・モルトを注文し、
殻の中の牡蠣にとくとくと垂らし、そのまま口に運ぶ。

「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」という本で、
村上春樹は、シングル・モルトの聖地アイラ島で
ラフロイグや、ボウモアなどの蒸溜所を訪れ、
出来たばかりのウィスキーを、
じっくりと堪能し、こう語る。

「うまい酒は、旅をしない」

出来るだけその産地で飲まないと、
そのお酒を成立せしめている何かが、失われていくということだ。

美味い酒を求めて、世界をめぐる。
そんな大人の贅沢な旅を、いつか味わってみたい。

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澁江俊一 14年1月12日放送


ShuttrKing|KT
プラスな大人

いくつもの肩書きを持つ男、伊丹十三。
あえて一言でくくるなら「最高の大人」だろうか。

子育てをしながら、
育児とは何か徹底的に考え抜いて
育児本を出版したり、

義理の父の葬儀の日に
映画監督になる決意をし、
お葬式という映画を撮ったり、

映画の大ヒットで、
しこたま持っていかれた税金が
マルサの女のストーリーになったり。

自分の人生から目を背けない、
明るく深みのある眼差し。

俳優、エッセイスト、イラストレーター・・・
いくつもの肩書きに
強風下におけるマッチの正しい使い方評論家
を追加しようとした。
このチャーミングさが、伊丹十三なのだ。

実は俳優になりたての頃の芸名は
伊丹一三(いちぞう)だった。
マイナスをプラスにするために
漢字の一を十にして、
十三と名乗るようになったのだ。

今日を
誰よりも真剣に、
おもしろがる。

伊丹十三のような大人が、
増えますように。

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奥村広乃 14年1月12日放送


Ame Otoko
大人の階段のぼったら

デジタルカメラはたしかに便利だ。
撮った写真をその場で見たり、
世界中に送ることができる。

でも、
写真をたくさん貼った
ずっしりと重みのあるアルバムがなくなるのは
すこし寂しい。

阿木燿子が作詞した
「想い出がいっぱい」には
こんな歌詞がある。

古いアルバムの中に 隠れて
想い出が いっぱい
無邪気な笑顔の 下の
日付は 遥かなメモリー

記憶はやがて薄れるが、
記録は残る。

人生を
振り返る年齢になった日の自分のために、
アルバムを一冊
つくってみてはいかがだろうか。

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松岡康 14年1月12日放送


ジョゼ
大人にならない少年

人はいつ、大人になるんだろう。

水分を多くふくんだ優しい水彩で、
生涯子供を描きつづけた画家いわさきちひろ。
彼女は大人について、こう語った。

大人というものは
どんなに苦労が多くても、
自分のほうから人を愛していける人間に
なることなんだと思います。

なるほど。
彼女の画は、愛に満ちている。
大人にしか描けない子供の画は、
いまも多くの大人のこころを惹きつけている。

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松岡康 14年1月12日放送


Julizehn***
やなせたかし

約40年にわたり、
日本の子どもたちに
愛されつづけるアンパンマン。

自分の頭をもぎり、お腹の空いた子どもに食べさせる。
自らを犠牲にし、相手を幸せにしようとする。
初めてそれを見た大人たちの中には、
不快感をあらわにする者も少なくなかった。

この不思議なキャラクターを生んだのは、
作者やなせたかしの強い信念だった。

逆転しない正義とは献身と愛だ。
それも決して大げさなことではなく、
眼の前で餓死しそうな人がいるとすれば、
その人に一片のパンを与えること。

日中戦争に出征したやなせは、
飢えの恐怖を身をもって体験し、
献身こそ、ゆるぎない正義と知る。

戦争を知る大人として
やなせが送りつづけた、愛のメッセージ。
それが、今も子どもたちが大好きなアンパンマンなのだ。

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礒部建多 13年12月15日放送



ラブソングと電話

 “ただ「愛してる」って言う為に電話したんだ。

 ただ「こんなに君を想ってる」って言う為だけに電話したんだ。”

「I just call to say I love you(邦題:心の愛)」は
スティーヴィー・ワンダーの代表曲。
彼はある2人を想いながら、
この曲を書き上げた。

その2人とは、
後の南アフリカ大統領ネルソン・マンデラと、その妻。
当時アパルトヘイト政策に反対し、
反逆罪として投獄されていたマンデラが
妻に電話をかけている様子を思い描いたという。

信念を貫き、逆境に耐える2人をつなぐ、一本の電話。
受話器越しに交わされる愛の言葉は
今も世界中の恋人たちを魅了し続けている。

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松岡康 13年12月15日放送



神様からの電話

ある漫画家のアトリエに国際電話が入った。

受話器の向こうの人物は、
アシスタントにペンと紙と定規を準備させ、
こう言った。

右上から4cm下に直線を引いてください。
そしてその線から、今度は左に5cm引いてください。。。

アシスタントが指示通りにペンを動かすと、
マンガのコマ割が描かれていく。
電話はさらにつづく。

 ブラック・ジャック第10話、
 3ページ目の4番目の背景の模様を、
最初のコマに書き込んでください!

電話の主は、マンガの神様、手塚治虫。

講演に来ていたアメリカから
電話越しで細かい指示を伝えたのだった。
驚くことに、彼の頭の中にはこれから描くストーリーと、
過去に書いたカットがすべて、正確に入っていた。

常人離れした記憶力と、マンガに対する熱意。
そしてなにより、どんな状況でも締め切りを守るプロ意識こそ、
手塚治虫が神様とよばれる所以なのかもしれない。

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澁江俊一 13年12月15日放送



電話嫌いの作家1

日本の作家、夏目漱石と
「トムソーヤーの冒険」で知られる
アメリカの作家、マーク·トウェイン。
2人の共通点は、電話嫌い。

夏目家が電話を引いたのは、
漱石が朝日新聞に「行人」を
連載しはじめた大正元年12月。
加入台数は1000人当りわずか4台の時代だった。

せっかく引いた電話だが、漱石は気に入らない。
「鏡子夫人を呼んで欲しい」と言われると
「何の用だ、人の細君を呼び出して」とどやしつけ、
「モシモシ、夏目さんですか」とかかってきても
「知りませんよ」と怒って切ってしまう。

間違い電話ともなると、さらに大騒動になる。
交換手を呼び出し「なぜまちがったのだ、
理由を言いなさい、おおかた人を邪魔し莫迦にするのだろう」
と、くどくどとやり込める。
挙句の果て、うるさいからと受話器を外してしまう。
家族一同、ほとほと弱ったようである。

この頃、10年ぶりに
激しい神経衰弱に陥っていた漱石にとって
高価で便利な電話も邪魔者でしかなかった。

誰もが電話を持ち歩く現代。
もしも漱石がいたら、
どんな小説を書いただろう。

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奥村広乃 13年12月15日放送



流星群と電話

毎年この時期になると、
双子座流星群が話題にのぼる。

三大流星群のひとつに数えられ、
多い時では、1時間に100個ほどの流星が見える。

天文ショーが世間をにぎわすたび、
せわしなく鳴る電話がある。
国立天文台、広報普及室の電話だ。

天文学者、長沢工(ながさわ こう)の『天文台の電話番』によれば、
流星群出現の時は、問い合わせ電話が特に増え
トイレに立つ暇もないという。

このエッセイが書かれたのは、2001年。
10年以上たち、インターネットが普及したいま。
天文台の電話はどれくらい鳴っているのだろうか。

ただ。
簡単にたくさんの情報が
手に入ってしまうからこそ、
専門家に深い話を聴きたくなる。
そんな人も多そうだ。


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