薄組・熊埜御堂由香

熊埜御堂由香 10年01月10日放送

大江光

二十歳のころ 静かな生活

食卓で気持ちよく晩酌をしていた父に、
二十歳になったばかりの娘がこんな理想を語った。


 私がお嫁に行くならね、イーヨーといっしょだから。
 そこで静かな生活がしたい。

作家、大江健三郎が、自身の家族をモデルにした小説「静かな生活」は
娘のマーちゃんの視点で、
脳に障害をもって生まれた4つ年上の兄・イーヨーとの生活が語られる。

イーヨーは後年、音楽家として活躍する大江光(ひかり)。
彼は19歳のとき、
妹の誕生日に「バースデイ・ワルツ」という曲をつくり
その楽譜に赤いリボンをかけてピアノの上に置いた。
20秒ほどのメロディだったけれど
大江光がはじめてまとまった一曲を書き上げた記念になった。

結局、マーちゃんは結婚して、実家をひとり離れるけれど
兄と妹の、大人になるすこし前のおだやかな時間が
この曲には流れつづけている。

川上弘美

二十歳のころ 大人と子どもの境界線

しらすの心意気。
作家、川上弘美が子どもの視点を
甘く見ないという自戒をこう名づけた。
しらすがカタクチイワシの稚魚だと知り
仰天したことがきっかけだ。
小さいながらに堂々とおいしい彼らを
「しらす」という完成した種だと思っていたのだ。

たしかに人間にも、子どもと、大人、それぞれに社会がある。
そして川上弘美の小説には、子どもが急に大人びる瞬間や
大人が思わず子どもに戻ってしまう瞬間がよく描かれる。

人間をしらすとイワシに分かつひとつの境界線は二十歳。
けれど、その境界を行ったり来たり迷いながら生きていけるのは
人間の幸福なのかもしれない。

topへ

熊埜御堂由香 09年11月15日放送

05-oto


センセイと乙羽さん

 老人だけがでてる映画なんてウケるかしら・・・

女優、乙羽信子は、不安だった。

夫である新藤兼人監督が、
老いをいかに生きるかをテーマにシナリオに書き上げた
「午後の遺言状」

80歳の新藤監督、主演女優は89歳の杉村春子。
70歳の乙羽信子も出演する予定だった。

新藤監督もまた不安だった。
撮影がはじまる直前に、乙羽信子は、肝臓がんの手術をする。
余命は1年か、1年半か、といわれた。

病状をはっきりしらない本人を前に、
映画の製作を進めるべきか新藤監督は悩んだ。
そして、だした答え。

 僕らは40年以上、映画を通じで行動を共にしてきた「同志」だ。
 別れにのぞんで、何をすべきか、
 彼女の女優としての最後の場をととのえるべきだ。

スタッフだけの完成試写をしてから、乙羽信子は静かになくなった。
出会ってから、別れるまで、
ふたりは、どんなときでも、お互いをこう呼び合った。
センセイ、乙羽さん。

07-casablanca


字幕屋の妙

「君の瞳に乾杯」

映画「カサブランカ」の名台詞だ。
いや、字幕屋「高瀬鎮夫」の名字幕といったほうが正しい。
もともとは
Here’s looking at you, kid
「お嬢さん、君を見つめて乾杯」というような意味だ。

字幕は1秒につき3〜4文字。
制約が、言葉を磨き上げ、
日本中を魅了する台詞を残した。

08-hayaooshi


押井守と宮崎駿

「映画を発明する」
といい、実験的なアニメに挑む、押井守。

「映画の奴隷になる」
といい、子供にも愛されるアニメを追及する宮崎駿。

日本アニメの力を世界に知らしめた、ふたり。
押井は宮崎を「宮さん」と呼び親しくしていた。
会うと、話がとまらないくせに
周りが喧嘩かと心配するほど意見があわない。

押井守が若い人に希望を伝えたいと「柄にもない」ことを言って
撮った映画がある。「スカイクロラ」
インタビューで押井は言った。

 宮さんみたいに、正座してオレの話をきけって言うんじゃなく、
 後ろからそっと語りかけることなら、僕にもできる気がしたんだ。

反発しあいながらも、意識する。
このふたり、似たもの同士の親父と息子みたいだ。

topへ

Vision収録見学記 Part3-(3) 

PICT0059

熊埜御堂由香-ネタ探しは、好き探し

そんなわけで、原稿でとりあげる題材をVieVieさんも
ディレクターのCさんも、
事前にいろいろリサーチしています。

今回、くまのみどうが、取り上げた、
フェリックス・ゴンザレス=トレス。
すこしマイナー人ですが、
VieVieさんも前から好きなアーティストだったとのこと!
ディレクターのCさんも、この原稿がきっかけで、
いろいろと資料に目を通してくださったようで
「面白いひとだねー」とトレス話に花が咲きました。

先ほど紹介した、
収録版の彼に付け加えられた形容詞、
「コンセプチュアル・アートの鬼才」

コンセプチュアル・アートってなんだったっけ?
と思い調べてみると、
アイデアまたはコンセプトが重要視される、芸術行動。
文書による指示のみで作品とするのが定番とのこと。

まさに、トレスの作品、
「自分の体重とぴったり同じだけ、床にキャンディを敷き詰め
来場者がひとりひとつだけ、それを持ち帰っていい、
ということにする」という
「気休めの薬」のようなものですね。

わたしは、はじめてこの作品を見たときは、
飴もらえるのラッキー!
くらいにしか思わなかったのですが、

一緒にその作品を見ていたひとが美術通で、
その行為にこめられた、コンセプトを教えてくれたんです。

飴とか時計とか既製品に
そんな個人的な思いを注入できるのかとたまげました。
しかもそうすることで、安定して永久に
その思いを再現できることに感動しました。
(ちなみに、その作品を一緒に見たひとのことが、
ちょっと好きだったんですが、
もじもじしているうちに彼女ができてしまって、
悲しかったなぁ。)

そんな思い出があったので、
トレスのネタで原稿が書けてうれしかったです。

薄組はイレギュラーな参加で、
まだ回を重ねてないこともあって、
自分たちがもともと好きだったひとから
ネタをセレクトすることが多いです。

たとえば、石橋涼子ちゃんは、
建築学科出身で建築ネタにとっても強いです。
薄さんは、09年8月にとりあげた、
書道家、金澤翔子さん好きが高じて、
会社の書道部に入部しました。

きっと、薄組も好きリストが底をついてきます。
12月は執筆がお休みなので、
またいろいろ注入しようと思っています。

レギュラー執筆者の佐藤さんは
お休みの日に図書館に通っているそうですよ。
受験生の隣でせっせとネタを探す佐藤さん、
こうしてVision執筆者は、
世界にちらばるすてきな言葉を集めていきます。

Part3 おわり

topへ

Vision収録見学記録 part3-(2)

PICT0070

熊埜御堂由香-HP版と収録版

リスナーでお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
このVision・HP版にのっている原稿と、
実際、放送されている原稿が
ちょっと違うことがあります。

書き上げた原稿を、収録現場で直すことが多々あるんです。
なので収録に立ち会うと、書いた人と、
演出する人が一緒に相談しながら原稿を直せるというメリットも。
今回はそのメリットをすっかり逃してしまいましたが・・・

たとえば、10月18日放送分の薄組の原稿だと、

(HP版)
琳派の創始者であり、
国宝「風塵雷神図」を描いた、俵屋宗達。

(収録版)
江戸時代の一大芸術、琳派の創始者であり、
国宝「風塵雷神図」を描いた、俵屋宗達。

(原稿版)
フェリックス・ゴンザレス=トレスの「気休めの薬」という作品だ。

(収録版)
13年前にエイズで他界した、コンセプチュアル・アートの鬼才、
フェリックス・ゴンザレス=トレスの「気休めの薬」という作品だ。

(原稿版)
スペインの建築家、アントニオ・ガウディ。
あのサグラダ・ファミリアの設計者。

(収録版)
スペインの天才建築家、アントニオ・ガウディ。
あの世界遺産として有名なサグラダ・ファミリアの設計者。

ずいぶん丁寧に、ネタを調べなおしていることがわかります。

VieVieさん曰く、Visionは言葉と言葉の間に、
ミックスした音楽も楽しんでほしいので、
意識的に間をとってミックスしているそう。
なので、主語を丁寧に繰り返してあげることと、
リスナーの知識はばらばらなので、
とりあげる人になるべく分かりやすい形容詞を補足することが
多いようです。

topへ

Vision収録見学記 part3-(1)

PICT0066


 熊埜御堂由香-遅刻しました!

10月17日、薄組の原稿収録に立ち会ってきました。
ほんの一瞬ですが・・・。
15時くらいから日曜分を撮るとディレクターのCさんからお伺いしていた
のですが、ついたらほとんど撮り終えていていたんです。
でも、じつはちょっと遅刻もしたんです。
その日は東京国際映画祭のオープニングで六本木は、人人人。
レッドカーペットならぬグリーンカーペットが、けやき坂に敷かれていました。
人を、かきわけ、かきわけ、スタジオについたら、
Cさんが、もう終わっちゃうよーと笑っていました。
今日はほぼ1発撮りですいすい進んだそうです。

なので、今回は、収録記というよりはVisionよもやま話に切り替えさせて
頂いていいでしょうか?いいですよね!?

topへ

薄組・熊埜御堂由香 09年10月18日放送

せつない時計


せつない時計

同じテンポで時を刻んでいたふたつの時計がズレはじめ
やがて、どちらかが先に止まる。
アーティスト、フェリックス・ゴンザレス・トレスの代表作、
「パーフェクト・ラバーズ」。

どんなに完璧な恋人たちも、ずっと一緒にはいられない。
時間の残酷さを、時計は告げる。

ありきたりな掛け時計なのに
止まった時計の隣で動き続ける姿はせつなくて
恋人に先立たれたトレスの心と重なる。

02-Felix3


旅する時間 気休めの薬 

自分の体重とぴったり同じ重量のキャンディが床に
散りばめられている。

フェリックス・ゴンザレス・トレスの
「気休めの薬」という作品だ。

来場者は、ひとりひとつ、キャンディを持ち帰ることができる。
そのキャンディがポケットの中で旅する時間も、
どこかの国で、誰かの口の中でとけていく時間も、
彼の作品の一部なのだ。

常に持ち去られ補充されるキャンディは
彼の作品を継続させようとする人々の意思によって
作者の死後も、活発に活動している。

topへ

Vision収録見学記(10)

P9090729


熊埜御堂由香―書く人と録る人

アイスクリームを落としただけで泣く石橋さんのお話は
Vision薄組の打ち合わせの場で飛び出した彼女の思い出話でした。

薄組は、薄景子さんを座長に、
薄さん、くまのみどう、石橋さんが原稿を持ち寄り
お互いの原稿を見ながら共通のテーマを見つけて
1日分、7~8本の原稿をまとめていきます。

打ち合わせで薄さん、石橋さんと話していたら、
わたしも小さい頃のことを思い出しました。
母親の長い、長い、お買い物が終わるまで
「ここで待ってるのよ」と言われ、手渡された
2段重ねのアイスクリームのこと。
ご褒美のはずの、それを食べきれずに
ドロドロに溶かしてひとり泣いたこと。

Visionの原稿を持ちよる、打ち合わせは
好きなひとの名前をこっそりだれかに
教えるような、なんともいえない恥ずかしさがあります。

だけど、どうでもいい話も、仕舞い込んでいた話も、
ついついしてしまう
そういう打ち合わせはたいそう盛り上がるのです。

収録の終わりにVieVieさんに言われました
「書き言葉と読み言葉で伝わることの違いをよく考えて原稿を書いてみてね。」

原稿で「哀しい」という言葉を使ったことに対する
アドバイスです。「哀しい」と「悲しい」のニュアンスの違い。
そう、原稿にした森茉莉というひとは
「哀しく、甘美で、幸せな」
人生をおくったひとですが、
「悲しい」人生を送ったひとではなかった。
そういう気持ちで書いていて、
そんな気持ちまで汲み取ってくれて収録するひとがいる。

自分が書いたものに他者のメスが入る、
おもしろさとおっかなさ。

収録から帰ってラジオをつけっぱなしにしていました。
VieVieさんの声がして、
自分が書いた言葉が、あたらしい音色で流れてきました。

(第一部 おわり)

topへ

Vision収録見学記(7)

P9090727


熊埜御堂由香―美しい音色の意味は?

Visionの最後には、
なにやらおしゃれなフランス語がMIXされています。
語学がさっぱりなわたしには、
「もにょもにょもにょもにょ、Vision」と聞えるけれど、
心地よいサウンドロゴみたいな、詩みたいなあの音色。
あらかじめ用意してあるひとつの素材をあてて
作っていると思ったら・・・

VieVieさんがその都度読んでいるではないですかー!!??

フレーズも数種類あって、
毎回、その場の判断で使い分けているそうです。

私の原稿にくっつく、あの「もにょもにょ」は
いま、読み上げられたあの音色、
世界にひとつしかないのかと思うとありがたさ倍増。

「もにょもにょ」は、日本語に訳しても美しい響きを持つ言葉です。

Vision du passé, (ヴィジョン・デュ・パッセ) 
過去のヴィジョン
du present, (デュ・プレザン)       
現在のヴィジョン
du future, (デュ・フューチュー)     
未来のヴィジョン

Le future etait deja la.  (ル・フュチュー・エテ・デジャ・ラ)
未来はもうそこにあった。
Vision

(つづく)

topへ

Vision収録見学記(6)

imageumi4


熊埜御堂―憧れの所作

収録の現場でうっとりさせられる所作がありました。

ディレクターのCさんが、
ガラス越しにDJブースのVieVieさんに送るその合図。

指揮者が、演奏の幕を開けるタクトを振るように。
そっと、でも、その場を確かに操る、
手を天にかざす仕草です。

最初は、なんだろ、あれは?と思っていました。

でもだんだんと、
ああ、あの手つきを合図にVieVieさんは
原稿の読み始めを判断しているんだな
と分かってきました。

つまり、それはQ出しの合図です。

私たちコピーライターがラジオCMをつくるスタジオには
キューボタンといわれるスイッチが機材に組み込まれています。

そのボタンを押すと
防音ガラスに隔てられたナレーターさんの目の前のランプが光って
「今から原稿を読み始めて!」という合図が
送れるようになっているのです。

まさにそれと同じやりとりが
ガラス越しに向かい合うCさんとVieVieさんの間では
かざした手とまなざしの交換で行われていました。

単に習慣の違いと言えば、それまでなんですが
そのQ出しの所作が、Cさんのダンディないでたちと相まって、
なんとも言えずかっこいい!!

次、私がラジオCMを演出・収録できる機会がきたら
かざしたその手で、Q出ししてみようかなー
なんて思いました。 (つづく)

topへ

熊埜御堂由香 09年9月6日放送

元祖スイーツ男子


あの人の食 元祖スイーツ男子

スィーツ男子が流行だという。
スイーツ男子というのは甘党の男性だ。
甘いもの好きと、自然に言いやすい世の中になったのだろう。

けれども、甘党の真打ちは明治の昔にいる。
お汁粉を食べ過ぎて胃潰瘍を悪化させ
大量の血を吐いてもビスケットを食べたがり
臨終の床でもアイスクリームをせがんだ夏目漱石先生だ。

それでも自分では甘党だと思っていなかったので
こんなことをぬけぬけとおっしゃっている。

 あれば食うという位で、わざわざ買って食いたいというほどではない

甘党もここまでくると、ハードボイルドで男らしい。

topへ


login