薄組・小野麻利江

小野麻利江 14年1月19日放送


ゆずか
誕生にまつわる話 大人の誕生

何歳の誕生日をすぎたあたりから、自分は大人になったんだろう。

もう子どもじゃない。もう大人なんだ。
そうはっきりと自覚した「あのとき」は、いつなんだろう。

詩人の長田弘は『深呼吸の必要』という詩集の中で、
その瞬間を、鮮やかに切り取ってみせる。

それはたとえば、自分についての全部のことを、
自分で決めなくてはならなくなったとき。

それはたとえば、歩くことの楽しさを無くしてしまったとき。

それはたとえば、ある日ふと、誰からも、
「遠くへ行ってはいけないよ」と言われなくなったとき。

それはたとえば、これ以上自分が大きくなれないんだと知ったとき。

それはたとえば、自分の人生で、
「こころが痛い」としか言えない痛みを、はじめて知ったとき。

九章からなる散文詩「あのときかもしれない」が見せてくれるのは
とりとめもないこととして片付けられるような、
でも、誰しもが通っている、火花のような瞬間の再体験。

子どもを大人にするのは、大人ではない。
子どもの中から、大人が生まれる。

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小野麻利江 13年11月17日放送


Père Ubu
アーティストの話 ヤン・シュヴァンクマイエル

チェコのアニメーション作家、ヤン・シュヴァンクマイエル。
彼の創作の歴史は、色々なものへの、抵抗の歴史とも言える。

社会主義、全体主義、画一的な商業中心主義。
皆が一様に、思想そしてそれを体現した芸術に
侵食されていくことを嫌い、徹底的に抵抗する。

映像の中に登場する食べ物を、不味そうに描いたり。
動く肉片など、フェティシズムを全開にしたモチーフを多用したり。
人間の運命や行動が、何ものかに「不正操作」されている。
彼みずからが抱く、そんな強迫観念を投射した作品も、数多い。

アニメーションにとどまらず、
コラージュ、オブジェ、ドローイングなど
79歳になる現在も、作品を残し続けているシュヴァンクマイエル。
自らの肩書きを書くときに、彼は「アーティストと書く」と言う。

アーティストとしての、彼のプライド。
それは、こんな発言からも伝わってくる。

 世界を変えようとする気がないクリエイターは辞めたほうがいい。

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小野麻利江 13年11月17日放送



カメラの裏には ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

「一番美しい絵」とは、どんな絵だろう。
そんな問いに、ゴッホはこう答えたという。

 一番美しい絵は、
 寝床のなかでパイプをくゆらしながら夢見て、
 決して実現しない絵だ。

わずか10年あまりの芸術家人生。
理想の絵を夢みながら、
ゴッホは時代を駆け抜けた。

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小野麻利江 13年10月27日放送



おやつのはなし マキコさんのシュークリーム

高野文子(たかのふみこ)の漫画
「バスで四時に」の中に出てくる、
八個のシュークリーム。

お見合い相手の家へ向かうバスの中で、
主人公のマキコさんは、手みやげに買った
シュークリームを数えだす。

あちらが三人、あちら入れて四人
あとから遅れてもうひとり 三つあまる
これはきっとあしただ
あした、あちらで一つずつ

不安と緊張、そして八個のシュークリームを抱えて
バスは未来へ進んでいく。

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小野麻利江 13年10月27日放送



おやつのはなし 池波正太郎の好事福盧

「好事福盧(こうずぶくろ)」というお菓子がある。
中身をくりぬいた紀州蜜柑の皮に
蜜柑のゼリーをぎっしりと詰め込んだ
この京都のお菓子を
池波正太郎は、こよなく愛していた。

好事福盧が3つ手に入ると
ホテルですぐさま1つ食べ、
残る2つは冬の冷えたベランダに出しておき、
ほどよく冷えたものを、
缶ビールで楽しんでいたという。

ゼリーをすくい口へ運ぶと広がる、キュラソーの香り。
そのさわやかさに酔いしれながら、
池波は感慨にふけっていた。

 菓子をあんまり食べなくなった私だが、
 こういう菓子なら、いくつでも食べられる。

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小野麻利江 13年8月18日放送


plindberg
山のはなし 「すべての山に登れ」

「山を登る」と言う時。
概して人は、上り道だけを
ひたすら上がっていくさまを想像する。

しかし、実際は山の中にも、
上り道と下り道。
広い道と細い道、さらには脇道と、
様々な表情が存在している。

映画「サウンド・オブ・ミュージック」の
有名な劇中歌のひとつ、
「Climb every mountain」。

すべての山に登れ。それは、
「どんな困難にも立ち向かえ」という
意味に聞こえるが、

「人生という山の中にある
あらゆる機微を、
自分の体で感じて生きていきなさい」

そんな趣きも持っていることに、
歌詞を読むと、気づかされる。

 すべての山に登り
 すべての流れを渡り
 すべての虹を追いかけよう
 夢を見つけだすまで

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小野麻利江 13年6月30日放送



プレゼントのはなし ココ・シャネルの言葉

シャネルの創設者、ココ・シャネルは言った。

 20歳の顔は、自然の贈り物。
 50歳の顔は、あなたの功績。

女性の自立を目指した
デザイナーならではの一言。

さあ、未来の自分に
どんな顔をプレゼントしましょうか。

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小野麻利江 13年6月30日放送



プレゼントのはなし 薩摩藩からの大硯

安政3年。徳川第13代将軍・家定のもとに
薩摩藩島津家から、篤姫が嫁いだ。

挙式の際、薩摩藩からの贈り物の中には
ひときわ目立つ大きな「硯(すずり)」が。
長さ1.5メートル、幅90センチで、重さは108キロ。
上甑島(かみこしきじま)で切り出された天然の硯石に彫刻し、
大人4人がかりで、江戸まで運んできたという。

なぜこのような硯を献上したか。
篤姫の養父、薩摩藩主・島津斉彬は、
こう語ったそうだ。

「婚礼の品に関しては、全国の大名が
 金銀珠玉をちりばめ華美を競っているが、
 どの品もそれほど大したものではない。
 そのように絢爛豪華ではないが、
 雅の心だけは非常に深く込められている
 この大硯を献上することは、
 後世まで一つの語り草になるのではないかと思う。」

何をどう贈るか。贈り物も、またひとつの政治。

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小野麻利江 13年5月19日放送


m-louis
緑のはなし マーシャ・ブラウンが見た緑

 さわやかな みどりのはっぱのうえの
 ちいさなみどりの いもむし
 つめたいみどりのあしで
 はっぱのはじに ぶらさがる

アメリカの絵本作家 マーシャ・ブラウン。
道ばたに生える、なんでもない草の葉っぱですら。
彼女の目を通して見れば、
かけがえのない存在をいつくしむ
ひとかけらの、詩に変わる。

彼女は語る。

 みることのレンズは
 ちいさいものを おおきくみせる・・・

5月の新緑に、目をやる時。
あなたなら、そこに何を見つけるでしょうか。

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小野麻利江 13年4月21日放送



出会いのはなし 梅原真とカツオ漁師

日本唯一の飛び地村でとれた、
「じゃばら」というみかんの果汁。
牛肉のかわりに海に豊富にあるさざえを入れた
「島じゃ常識 さざえカレー」。

日本各地で獲れたモノたちに、
まっすぐで、風圧の強いデザインを加える男がいる。
それが、デザイナーの梅原真(うめはらしん)。

そのきっかけは、
土佐のカツオの1本釣り漁師との出会い。
このままでは舟がつぶれる。
そう言う漁師の話を聞くうちに、

 カツオにデザインをかけあわせれば、
 きっと新しい価値が生まれる。

そう確信し、
商品化とパッケージを請け負った
「カツオのたたき」は、
やがて年商20億円の産業となった。

一次産業とデザインが出会えば、
日本の風景は残せる。
そう考える梅原は今日も、
日本各地に眠る資源たちとの、
出会いを重ねている。

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