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澁江俊一 18年9月16日放送

180916-02

死を見に行く博物館

今日はメキシコの独立記念日。

メキシコを代表する都市グアナファト。
標高およそ約2000m。
メキシコいち美しいと言われるカラフルな街並み。
銀の鉱山があり賑わいを生んでいたこの街は
独立革命の舞台でもあった。

なんとも愛らしい街グアナファトの
意外な観光スポット、それがミイラ博物館だ。

グアナファトの埋葬方法は “土葬” 。
標高が高く乾燥しているため、
遺体は自然にミイラ化する。
公立墓地で親族が埋葬税を支払わない遺体は
状態がいいとミイラ博物館行きになった。

本物のミイラがずらりと並ぶ。
人の死が身近にあるメキシコならではの
ちょっと不気味な博物館である。

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澁江俊一 18年9月16日放送

180916-03

メキシコ壁画のエネルギー

今日はメキシコの独立記念日。

メキシコルネッサンスとも呼ばれる
メキシコ壁画運動を、ご存知だろうか?

街のいたるところで見られる
巨大な壁一面を覆い尽くす
エネルギッシュな壁画の数々。
1920年代、メキシコ革命の意義や、
メキシコ人としてのアイデンティティを
民衆の心に呼び起こすために描かれた。

文字が読めない貧しい人々にも
絵ならばメッセージが伝えられる。
キャンバスよりもはるかに大きく
形も様々な建物の壁は、
画家たちの挑戦心を呼び起こしたはずだ。
この壁画運動は、国民のみならず
海を越えて世界中の芸術家にも影響を与えた。

そこにあるのは、ただの芸術ではなく
国を変えたいという人間の情熱。
そのエネルギーは今も壁画から
脈打つように、ほとばしっている。

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澁江俊一 18年9月16日放送

180916-04

死を見に行く博物館

今日はメキシコの独立記念日。

世界の三大穀物は
コムギ、コメ、そしてトウモロコシ。
このトウモロコシの原産地は
メキシコ周辺と推定されている。
紀元前7000年頃にはすでに
栽培されていたという。

先住民族には
神がトウモロコシから人間をつくった
という神話があるほど
昔から重要な作物だった。

他にもトマト、唐辛子、カボチャ、アボカド、
ズッキーニ、カカオやバニラなど
メキシコ原産の農作物は多い。
なんと豊かな食文化を
長い間、大切にしてきたことか。

なるほど。メキシコ料理が
世界中で愛されているのも納得である。

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澁江俊一 18年7月29日放送

180729-03

公園の父

本多静六(ほんだせいろく)
という男を、知っているだろうか?

日比谷公園や明治神宮、
埼玉の羊山公園や福岡の大濠公園など
日本を代表する公園をいくつも設計した
「公園の父」と呼ばれる人物だ。

静六はたいへんな倹約家で
収入の1/4は必ず貯蓄をし、
株式や山林へ投資して巨額の富を得た。

倹約の理由は、
いつでも仕事を辞められる財産があれば、
やりたくない仕事はやらずに、
自由に働けるから。

しかし退官を機に静六は、ほぼすべての資産を
匿名で教育、公共機関に寄付する。
その理由は、子どもの教育によくないから。

本多静六。
こんなにも気持ちのいい男が
日本の名だたる公園をつくってくれていたなんて。
いつもの公園で、いつもより
気持ちいい時間が過ごせそうだ。

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澁江俊一 18年7月29日放送

180729-05

江戸っ子の花好き

公園という言葉は
明治以降のものだけれど
江戸時代にもすでに公園はあった。
寺や神社の境内が、それである。
当時最高のアトラクションは花だった。
梅や桜やツツジや椿、春と秋の七草など
様々な花を見に江戸っ子たちは繰り出した。

川の土手に桜を植えたのも
大勢の江戸っ子が見にくることで
土手が踏み固められ、強い堤防になるためだった。

我々現代人よりはるかに、
季節を楽しむことが上手な江戸っ子たち。

江戸時代に日本にやってきた
スコットランドのプラントハンター、
ロバート・フォーチュンはこう語っている。

 日本人は、庶民でも生来の花好きである。
 花を愛することが、
 文化的レベルの高さの証明だとすれば、
 日本の庶民は我が国と比べると、
 ずっと勝っているとみえる。

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澁江俊一 18年6月17日放送

180617-01

マンハッタンの語源

今日はニューヨークに
自由の女神が贈られた日。

ニューヨークにはかつて
先住民族レナペ族が住んでいた。
魚や貝、鳥や鹿などを狩り
トウモロコシやカボチャなどを栽培し。
限られた資源で豊かに暮らしていたレナペ族。
彼らの文化は今もまだ、
ニューヨークの地名として残っている。

例えばマンハッタン。
これは「丘の多い島」または
「我々がみな、酔っぱらいにされた島」
という意味だったという説がある。

確かにマンハッタンの人々は
いつも新しい刺激に酔っている。

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澁江俊一 18年6月17日放送

180617-03
InfoMofo
街の両雄

今日はニューヨークに
自由の女神が贈られた日。

ニューヨーカーが
愛してやまないスポーツ、野球。
ニューヨークに在籍する
メジャーリーグのチームは2つ、
ヤンキースと、メッツだ。
リーグが異なる両チームが対戦する試合は
交流戦で年間4試合あり
サブウェイシリーズと呼ばれ
ニューヨーカーを熱狂させている。

地下鉄で移動できるほど近い両チームが
過去一度だけシーズン優勝をかけて争ったのは
20世紀最後の年、2000年のことである。

地下鉄にもそれぞれのチームカラーの
特別デザインが施され、
ニューヨークの街は熱狂した。

結果は4勝1敗でヤンキースの優勝。
メッツがリベンジできるのは、
いつになるだろう。

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澁江俊一 18年6月17日放送

180617-04
Chung Chu
都市の中の自然

今日はニューヨークに
自由の女神が贈られた日。

ニューヨーカーや
観光客から愛されつづける
セントラルパーク。
森があり、起伏があり
湖があり、花が咲き乱れ
まるで自然そのままの風景だ。

自然の景観と生態系を公園に取り入れる、
その形が決まったのはおよそ160年前
アメリカ造園界の父、
フレデリック・ロー・オルムステッドのプランによる。

しかしこの土地、岩、泥、沼が多く、
開拓するのは至難の技で、
完成まで20年近くもかかった。

人と自然の共同作業。
それが時を超えて愛される
大都会のオアシスをつくったのだ。

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澁江俊一 18年6月17日放送

180617-05

若き英世の思い出

今日はニューヨークに
自由の女神が贈られた日。

ニューヨークに
ゆかりのある日本人といえば、野口英世。

福島の農家に生まれた英世は
独学で医学を学び渡米し経験を積み
1904年にロックフェラー医学研究所で
働き始める。

寝る間を惜しんで研究に没頭し
その優れた研究成果が
幾度となくノーべル賞の候補にもなった英世。
その多くは彼のニューヨーク時代になされている。

真面目な印象で知られる英世だが
実は遊びにも酒にも
研究と同じくらい没頭していた。

当時のニューヨークは世界最先端の都市。
英世はその街を遊び歩きながら
何を語り、何を思っていたのだろう。

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澁江俊一 18年5月20日放送

180520-01
flickrohit
ジーンズの誕生日

今日はジーンズの誕生日。

ゴールドラッシュに沸くアメリカ。
人々はとにかく丈夫な作業着が欲しかった。
仕立屋ジェイコブ・デイビスは
生地屋のリーバイ・ストラウスから仕入れた
丈夫な布でズボンをつくり、
ポケットをリベットという小さな金具で補強する。
これはのちに本人も忘れてしまうほどの
些細な思いつきだった。

それがまさかの大ヒット。
アイデアを守るための
特許出願にかかる費用は68ドル。
しかしジェイコブにはこれが払えず
リーバイと折半して出願する。
特許が承認されたのが1873年の今日だった。

史上最大の発明ジーンズは
仕立て屋と生地屋の
偶然のコラボから生まれたのだ。

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